大阪は新今宮に、もうすぐ星野リゾートのホテルOMO7がオープンいたします。ホームページを拝見いたしますと、一人一泊¥12,000~とございます。これは高級ホテル星野リゾートとしてはかなり格安なお値段なのでしょうが、それもそのはず、ご当地新今宮は、知る人ぞ知る日本最大のスラム街、あいりん地区に隣接する場所。JR新今宮駅のホームを挟んで星野リゾートの反対側には、このOMO7の最低宿泊代の、さらに十分の一くらいのお値段で泊まれるドヤと呼ばれる簡易ホテル、木賃宿がいくらでもあるのです。
実際、この宿泊代の安さに目を付けた外国人観光客が、コロナ騒動の前までは大挙してそんな格安ホテル目当てに新今宮に押し寄せ、一時期はニューヨーク、香港といった国際都市さながら、人種の坩堝と化したのでございます。そのため新今宮の駅には駅員はもとより、コンビニの店員までバイリンガルなスタッフが配置され、各種案内板も色んな言語で表示されたのでございます。
かく申すわたくしも、通勤にこの駅を乗り継ぎ駅として、毎日乗降しているのでございますが、朝のラッシュ時なんぞ、もう色んな人種が入り混じり大混乱。中国人団体旅行のおばちゃんは大声で叫ぶは、欧米バックパッカーどもは大きな荷物で通路をふさぐは、アラブ人らしきベールを被った人物は、メッカとおぼしき方角に向かいひざまずき、祈りをささげるはで、もう南海電鉄の改札からJRの改札へたどり着くまでが一苦労。
この外国人の大挙しての来訪に呼応し、新今宮駅周辺は俄かにホテル建設ラッシュが訪れ、色んな場所に新しいホテルが次々と建ち始め、そしてついには真打登場、高級一流ホテル星野リゾートさんまで乗り込んできたわけなのでございます。しかし、そこへこのコロナ禍のカウンターパンチ。あれほど外国人で賑わっていた駅構内が、今ではまるで嘘のよう、普通の都会の朝の灰色の通勤風景に戻ってしまいました。
さて、JR新今宮駅1番線ホームからはその豪華な星野リゾートOMO7の外観が一望できるのですが、いやー、いかにも一流ホテル。その高級感が半端ない。贅沢オーラが空気中に放出されているようで、殺伐殺風景な周辺の景色から、そこだけがまるで夢の中の景色のように際立っていて、まるで新今宮の空中に、高級ホテルの外観を写した巨大モニタースクリーンが吊り下げられているかのよう。
こういったラグジュアリーなホテルを見るにつけ、わたくし胸にこみあげる郷愁の念を禁じえません。と言うのも、色んな宝石店、宝飾メーカー、百貨店が、得意先を招待して行う宝石展示会というのは必ず、名の知れた有名ホテルのバンケットルームで開催するものと相場は決まっておりまして、不肖わたくしもご承知のように、昔はそういった業界一味の手下であったので、その関係でよく出入りしたものでございます。悲しいかな、個人的には全くご縁はございませんが。
こういった高級ホテルには、いろんなイベントの為に大小いくつもの宴会場というのが設備されておりまして、結婚式の披露宴やら、政財界大物の大掛かりな告別式、記者会見、政治家のパーティーなど様々なイベントに供されているわけでございますが、宝石の展示会もその数ある催し物の中の一つ。
規模の大きさによって、その階、ワンフロア全部を占める大宴会場をまるまる使うものから、スイートルーム一室だけのこじんまりした個展みたいなのまでバリエーションは様々。
一流ホテルの大宴会場を一日借りると、現在いったいどれくらいかかるのか見当もつきませんが、二十年ほど前に聞いた話ですと、大阪市内の一番高いところの相場が一日一千万とかいう事でしたから、今でもそこそこのお値段がすることは間違いございますまい。
そもそも、一千万からの会場費にその他諸々の経費、それにお食事までサービスで付けたり致しますとそりゃもう大変な掛かり。アクセサリーみたいな安い品物なんかを売ってちゃ、とてもじゃないが追いつかない。陳列されてる商品の最低価格が十万円台。しかもそんな商品はかき分けて探さなければ見つからないほど僅か。
招待されるお客さんの方とて百貨店なら基本、外商VIP顧客。もちろんそんな十万台の商品なんかにゃ洟もひっかけない。大体が、展示会会場に入る前に入り口付近にあるクロークで手荷物、コートなんかを預けるのですが、ホテルの係員は決まって「バッグの中に貴重品などはございませんでしょうか?」と判で押したように聴くのです。「バッグの中身よか、このバッグそのものを見てみいや、エルメスやで。しかもワニ革の高っかいやっちゃ!これ一個、質屋に放り込んでみ、ナンボになる思てんや?失くしたら弁償やで!」などと言うような下品な人はもちろんいませんが、預けるバッグなんかも、もうバーキン、ボリード、ガーデンパーティ、ピコタン、エブリン、ケリー。へたにヴィトンなんか持ってると、もう肩身が狭く恐縮して、こんなの床かなんか、そこいらにうっちゃっといて、とつい口走ってしまうほど。
そもそも、こういった外商客にとっては、百貨店の外商員は便利な御用聞きのような存在。そんなVIP客は百貨店に訪れても勿論特別待遇。各階を訪ねて品物を探し回らずとも、外商サロンでゆっくりお茶など嗜み、寛ぎながら、買いたいものリストを口頭で告げるだけで、欲しい品物、お洋服から下着に晩御飯の総菜に至るまでを外商員が各売り場から調達して、目の前にそろえてくれるのです。いえ、実際には別に百貨店に赴くまでもなく、そのお客さんの自宅まで持ってきてくれるのです。もちろんその持ってきてくれるついでに、色んな百貨店の業務以外の用事を頼むこともあって、そんな雑用も嫌な顔一つ見せず引き受けてくれるから有難い。
だから反対に、こういった展示会のお誘いは、いつもお世話になってる義理があるから断りづらい。もちろん行けば手ぶらで帰るなんてカッコ悪いことはできません、VIP客の面子と言うものがございますから。しかしこんなクラスのお客さんともなると、もう大概の宝石類は持っている。指輪にしても自分の指10本どころか、家族中の指にはめても余るほどの数があるから正直もう買うもの、欲しいものが無い。そんな有り余るコレクションを有するジュエリ―コレクターがさらにコレクションについつい加えてしまおうかというのが、ご覧いただいているこちらのようなブローチ類なのでございます。
さて、このような外商VIPのご婦人ともなりますと、それなりの社会的お立場と、それに伴う社交の場面が豊富にございます。自ずと外に出て、人と会う機会も多くなると言うもの。そうすると毎日毎回同じ服装というわけにはいかず、季節ごとに新しいお洋服を何着も新調なさるわけですが、もちろんその購入にあたっては、贔屓にしている外商員同行にて、ご自宅にご指定ブランドクチュールからわざわざお針子が採寸に訪れたりする訳でございます。そこに外商員は、宝石展示会にての販売突破の糸口を見出すわけなのでございます。
「奥様、こちらのブローチなんか先日おあつらえ頂きましたジバンシーのスーツにピッタリじゃございませんか?浅黄色のコットンリネンの生地に、確か襟にはバーガンディーのステッチの縁取りがございましたよねー。ちょうどこちらのルベライトのお色とマッチして映えるんじゃございませんか?」
「あら、ガーネットかと思ったら違うのね」
「はい、こちらはトルマリンという石なんですが、一般的に良く出回っている石はグリーンのお色が多うございますが、これは希少なレッドトルマリン。別名ルベライトと申します。ルベライトの名前は赤い色がルビーのようだというところから、ルビーに由来しているそうでございますが、ほんと、こう見ましてもまるでタイ産のルビーの様な色目でございますねー。ピンキッシュのモノが多いルベライトでこれだけしっかりした赤色は大変希少でございます。デザインもルベライトを柄にした鋭いつるぎのようで、その刃の部分には綺麗なダイアモンドが細かく彫留めされておりまして何とも非常にシャープな印象を醸し出しております。こういったソリッドなデザインのモノを、ともすれば、くたっとなりがちなコットンリネンのようなデリケートな生地のお召し物にお着け頂きますと、全体の印象がきりっと引き締まってよろしいのではないでしょうか?」
「そう、中野さんがそういうなら頂いておくわ。じゃあジバンシーのスーツの出来上がりの時で良いから一緒に届けて下さる」
「はい、かしこまりました。ありがとうございます」
結局、奥様このブローチは萌黄色のスーツと合わせて一度お召しになっただけで、身辺整理の定期処分で質屋に放出。と言ったってご自分じゃ質屋なんぞに出向きません。
「中野さん、ちょっとまた、用事頼んで悪いんだけど・・・」
そんな宝石展示会義理買いVIP放出品が、なんといっても質屋一押しの掘り出し品なんでございます。
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