あれ!シャチョ―、旦那、お久しぶりでござんすねー。近頃めっきりお見限りで。もう、こちとらすっかり見捨てられちまったかと思って、先だってもカカアと首くくる相談してたとこなんすよ。えっ、なぜって?野暮な事を言っちゃいけませんやね。社長の御贔屓が無いことにゃ、こちとら窯の蓋も開かないもんだから、毎日のおまんまにも事欠くありさまで、こんなことならもういっそ二人であの世でも行って添い遂げようつってね。えっ?もう添い遂げてるって?なるほど、そうにちげーねー、どーもそそっかしくていけねーや。で、なんの話でしたっけ、あっ、そうそう窯の蓋も開かないからおまんまの食い上げってことで、やい!どーしてくれんだちくしょーめ、この野郎―!
って、冗談ですからね。怒っちゃいやですよ旦那、大社長、よっ!
そうそう、肝心な事を言いそびれるとこだった、いけねーいけねー。
いやね旦那、良―ぃ掘り出しモンが入ったんでございますよ!なに?お前の掘り出し物は当てにならねー?冗談言っちゃいけませんよ、こう見えても嘘と坊主の頭はゆった事がねーんだべらぼーめ。見くびってもらっちゃ困りますぜ旦那、事と次第によっちゃいくら旦那と言えど勘弁しませんよ。なに?そう気色ばむな、冗談だハハハって、笑ってやがる。相変わらず人が悪いよ、旦那。あまり莫迦を気安くからかうもんじゃありませんぜ。
そうそう、掘り出し品の話だ。さあ、その掘り出し品てのがこれだ。さ、どーだい、とっくりと見てくんねー、なかなかオツなもんでげしょこのシナモノ?ぐうの音も出ないってとこじゃないっすか?え、なんだそれって、見ての通り蜂でござんす、カエルに見えますかってんだこれが?蜂は分かっている、その蜂がどうしただって?何だ、社長何にもわかっちゃいないね、まいっちゃうよー。それでよく大会社の社長が務まるもんだ、あきれ返っちゃうねホント。なに?CEOだ、知らねーや横文字なんざ。
これはね、日本が世界に誇るギメルっていう宝飾メーカーのピンブローチでさ。どう?びっくりした?なに?ギメルってなんだって?ダメだこりゃ。あんたギメルも知らないの?あっしらのようなしみったれた貧乏長屋に住んでる町人ならいざ知らず、社長ってからにはあんたブルジョワだろ?知らないなんて言ったら恥だよ。笑われるよ。大恥巨泉もいいとこ。恥ずかしーねーこの人は。ま、知らねーんだったら教えてやっけど、このギメルってメーカーは例の皇室御用達のミキモトと並び称される日本が世界に誇る宝飾メーカーなの。なんせ本社が日本のビバリーヒルズって呼び声も高い芦屋の六麓荘ってとこにあるってーから凄げーだろ。なに、近所の苦楽園ってとこに住んでんのアンタも、凄いね!じゃ余計に知っとかなきゃダメじゃない、ご近所のよしみで。
なに?あそこは豪邸ばっかりでそんな工場みたいなモン無いぞって、そりゃあるもんですか。多分そこ一件だけでしょ。元々がお金持ちの芦屋マダムの趣味が高じて宝石作り出したのが始まりだそうだから、俺たち貧乏人が狭い裏庭にバラックおっ立ってて、趣味の日曜大工の作業場にするのといっしょで、それがたまたま六麓荘って場所だったんだろーさ、知らねーけど。
なにせね、ここの品物は未来のアンティークジュエリーって呼ばれてるくらいで、これから先の百年か二百年後か知らねーけど、将来絶対アンティークとしての値打ちが出る事間違いないってくらいすごいもんなんだ。言わば未公開株の先物買いみたいなもんさね。
それが証拠に、見てくださいよこの蜂のサマ。今にも蜜を吸いに花に留まろうとしている様子みたいでいじらしいじゃござんせんか。そしてこの羽に留めてあるダイアモンド。これ以上ないってくらいの高品質のメレダイアモンドを大きさをわざと違えてランダムに留めてあるってとこがミソだ。この細工できっと羽の躍動感を出そうっていう狙いだね。そしてこのイエローベリルの胴体がいい仕事をしている。まろやかな円錐形に切り出された透明のベリルが見る角度や、光の加減で実際の蜂の胴体みたく微かに縞模様が浮かび上がる仕掛けでござんす、どうです参った?
ま、そのアンティークとして将来値打ちが出るかどーかは保証の限りじゃございませんが、これ着けて旦那のよく行く銀座や新地のクラブ行ってごらんよ、もう女の子からの受けが断然違うのは間違いないね。ゼニアのスーツにエルメスのネクタイバッグ財布一式で決めて、パッテックの時計腕に巻いてるからって安心してちゃダメですよ。来る客みんながみんなそうなんだから。それにプラスアルファ―の小粋なナリしてかないとモテませんぜ百戦錬磨のお姉チャン達にゃ。なに?お姉チャンにその品物の素性が分かるかだって?当り前じゃござんせんか!あの人達の博識ぶりはそんじょそこいらの並みの人間を遥かに凌ぐってんだから。みんながみんなお化粧した池上彰みたいなもんだぜ旦那。なに?気味が悪い。例えですよ、例え、そのまんまを想像してどーすんだよ。
なんせね、来るお客みんなが社長みたいな企業家だったり政治家だったり教祖だったり裏社会の大親分だったりだから、ちゃんとそれぞれに話を合わせられるように、フォーブスから実話ナックルズまで隈なく目を通して勉強してるってこった。それに加えてのブランドの知識が半端ねー。こちらの知識はなんと二段構えになってるっていうから恐ろしい。一番目はお客が身に着けてる高級な服やら身の周りの品物、これらを賛美していい気持ちにさせる為の業務用知識。高級紳士服、靴、時計、バッグ、それに香水の香りや補聴器の銘柄まで。これらの知識を幅広く頭に入れとかなきゃいけない。向こうが得意げに自慢してくる前に褒めてこそ手柄だ。「あら、このお時計、リシャールミルじゃございませんの、シャチョー、センセ、素敵!」ってね。そんな時計が買えるあなたの甲斐性が素敵ってこってすよ、この場合の素敵は。
で、二段構え二つ目のブランド知識が、実際に自分で欲しいモノの方の知識さね。平たく言やーオネダリする方のリストでござんすよ。こちらはもう出勤前の美容室で各種ファッション誌での予習復習が日課になってますからね。
さて、それでだ、夜の街で受けがいいのが、こちら二つ目のリストに入っていそうなものを身に着けるのがコツなんですよ。いくら、言葉の上で褒めてくれたって、機械式高級腕時計なんてモンには女は基本興味無いの、分かる?せいぜいが質屋に持ってったらいくらで売れるだろうってのが関の山。ところが宝石、ジュエリーなんてのになると実際自分でも着けてたりするから、とても身近で親近感が湧いて、所有欲も半端ないわけでございますよ。銀座や新地のお姉さんがさりげなく着けてる、シャチョーから見たら何の変哲もないダイヤのファッションリングでも、そういう高級な場所でお勤めの女の子の持ち物ってものはしっかりした、素性の良い、こだわりの逸品てのがほとんど。指輪の腕の裏には、例えばこちらの蜂のお仲間だったら、恭しくGimel って刻印が入ってるわけ。だからそんなの着けた娘がさ、この蜂が社長のスキャバルの生地の背広の襟にちょこんととまってるの見たらさ、もうキャー、可愛-!ってなっちゃうって寸法。もちろん男女兼用で着けられっから、その場でオネダリされるかもわかんないよー。「シャチョー、これ私にちょーだーい!」って、弱っちゃうな―って?なにニヤケてんだよ、買いもしないうちから。
いいだろ?ね?さ、買っとくんなさい。なに?ちょっと考えさせてくれって。そりゃいいけど考えてるうちに売れちゃうよ。なにせこの手の高級ピンブローチってモノは、こっちがあきれるほど足が速いの。入荷した尻から売れてくからびっくりしちゃうよ。この蜂の前にも、これも国産だけどモノが良いので評判のチャーってとこの高いピンブローチが三つあったんだけど、立て続けにあっと言う間に売れちゃったんだから。みんなお姉チャンにモテたいんだろーねぇ。こっちも野郎だからその気持ちわかるけどさー。一度はこんなの着けて、お姉チャンにちやほやされる身分になってみたいもんだよ、まったく。
良いの?買っとかなくて、知らないよ売れちゃっても、これ一個きゃ無いんだから。売れたら今度いつ入ってくるか知れたもんじゃないんだから。ホント知らないよ売れちゃっても。
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