”命短し恋せよ乙女、朱き唇褪せぬまに、熱き血潮の冷えぬまに、明日の月日はないものを”
と歌われる「ゴンドラの唄」は、今から100年以上昔、1915年(大正4年)に日本初のミュージカル女優と言われる増井須磨子が歌う劇中歌として、吉井勇 作詞 中山晋平 作曲によって生み出され、今も数々の歌手によって歌い継がれている日本が誇る名曲の一つであります。
また、この歌は銀幕の巨匠、黒澤明監督の名作「生きる」の中で、名優志村喬演ずる、癌に侵され余命いくばくもない、定年間際の市役所の市民課長が、自らの死を目前にして、ようやく生きる事の意味に目覚め、誰もいない雪の降る深夜の公園で、ブランコに独り腰掛けながら歌う、劇中のハイライトシーンの象徴ともいえる歌として取り上げられております。
黒澤監督の解釈では、歌にある恋の意味は、単なる色恋沙汰を遥かに超えた、生きる情熱、生きる目的と言う事でありましょうか。
さて、還暦をとうに過ぎ、老境へと足を踏み入れましたるわたくし、乙女ではございませんが、この歌がひしひしと老骨に染みるわけでございます。
わたくしが若い頃にそうだったように、世間の多くの若人たちは、このような歌詞にあるような言葉で諭されたと致しましても、生きる活力、エネルギーが横溢している若い身体、精神には、今有る活力がこの刹那だけの、貴重なものであるなんてことに考えが及ぶ者はごく少数に限られる事でありましょう。
若く、可能性が無限にあり、体力、気力のエネルギーが充満している時にこそ、人生と真剣に向き合い、目標を定め、自分の夢なり可能性にかけてチャレンジしない事には、生まれてきた甲斐が無いという事を、多くの人は志村喬演ずる死期が迫った課長さんや、私の様な老人となり人生行路の終着駅が見えてきて、ようやく気付くのでありますが、時すでに遅し万事休す後の祭り。
いや、実際人々はなにも気づいて無いわけではなく、多くの人は若い頃、大なり小なりの夢なり志をその胸に抱くわけなのでありますが、そういった自分の本当の生きがいを誰もが追求できる訳ではないもう一つの、人を無為徒食の灰色の日常に押しとどめるマイナスの要因が実はあるのです。
日本の数少ないノーベル文学賞受賞作家の一人、大江健三郎先生の作品に「見るまえに跳べ」という小説がございます。若いころ読んだ本なので、その本の内容は全く記憶にございませんが、その内容云々よりも、このタイトルに惹かれ、見てばかりで跳べない情けない自分を鼓舞するような内容が記してあるのではという、まるでハウツー本でも買うような動機で手に取った記憶がはっきりと残っております。
さて、若きわたくしの人生の岐路に立ちはだかり、その跳躍の大きな妨げとなり、結局はつまらぬ退屈な一生を、のんべんだらりと飲んだくれて過ごす日常に押しとどめたものとは。
それは己が心に宿る不安、恐怖であったのでございます。
見るまえに跳べとは正に言えて妙。この見るというのは、すなわち逡巡する、あるいは考えをいろいろ巡らせるという事なのです。人間いざ何かを始める、新しいことに挑戦するとなると、どうしてもその結果の成否を考え、色々と悩むものでございます。悩む結果どうなるかと言うと、人間の思考と言うものは、不安、恐れが支配する、基本マイナス思考ですから、結局失敗の結論にたどり着き、その志は一歩も踏み出さぬ先から、頭の中で勝手に挫折を迎えるのでございます。
したがいまして、この見るまえに跳べという言葉は、色々思い悩まず、まずは目をつぶって飛び込んでみなさいという、ありがたい後押しの言葉であるのです。実際、夢をあきらめても人生と言うものは続くわけで、その中で人は生活を支えるために、何らかの仕事をしていかねばなりません。仕事の種類に、夢が叶わなかったから適当にしておこうで済むような仕事、職業は何もありません。夢にまで見た仕事でも、日々の暮らしを支えるだけのジョブでも努力を要するのは同じこと。ならば好きで全身全霊でのめり込めることをした方が幸せな人生なんじゃないでしょうか?
さて、このような教訓は、このパールネックレスにも相通じるのでございます。
パールネックレスと言えばフォーマルな装いの必需品。ひと昔前までは、婚礼道具一式として花嫁のお母さんが娘の為に必ず用意して、嫁入りに持たす品でございました。
さて、このパールネックレスの購入にあたってはお店の人も、その劣化のスピードが他の宝石に比べ圧倒的に速いため、着用に際しては、使ったらすぐ乾拭きして付着した汗を必ず拭きとるように、そうしないと黄ばみの原因となるなどと散々脅し、普段の着用も積極的に奨めません。結果、冠婚葬祭のみの使用だけに終始し、気が付けば二十年で着用回数四度などという事になってしまいます。さて、4回のみしか使ってないから劣化してないかと言うととんでもございません。あなたが20年どこも出かけず家に閉じこもってても歳をとるのと同様、パールは着実に劣化、すなわちツヤが消えたり、黄ばんだり、粗悪な品物なら割れてきたりいたします。
劣化を恐れ大切にしまい込んでいようが、パールの寿命は必ず訪れます。なぜならば貝から生まれた有機質の宝石だから。ならば劣化を恐れずどんどん普段のお洒落に使っちゃいましょう。先のことを心配するより今を楽しまないと。
中古ながらイヤリングまでもついてのこのお値段!使い捨てで良いじゃないっすか?
「命短し使えよパール」の一席でございました。お後がよろしいようで
掲載ページはこちら → https://item.rakuten.co.jp/douxperenoel/11004582/