名工が鍛えし業物 翡翠の指輪

202110416556.png

 

みなさまごきげんよう、さて今回は。などと毎回毎回、口から出まかせの与太話にお付き合い頂きまして誠にありがとうございます。あらためまして厚く御礼申し上げます。

さて、こうやって曲がりなりにもブログが書けておりますのは、何といってもパソコンに内蔵されておりますワープロソフトWordのお陰。あらためてこちらの方にも感謝の意を表したいと存じます。マイクロソフトWord殿ありがとうございます。

さて、わたくしの歳で、拙い人差し指入力ながら、曲がりなりにもパソコンで文章を作成するなどという作業をこなすことは大変な偉業、と言うほどの大層なことやおまへんねけどね。

だいたいわたしらの歳ですと元々がアナログにでけとるさかい、文章書くのも先に紙に下書きせんとどんならん言う人多いんですが、私は単刀直入の直入力。なんでか言うとね、自分で手書きした字が下手くそ過ぎて、よう読めん。難儀なこっちゃね、これまた。

実はわたくし、パソコンというものに接したのは結構早く、1990年代中ごろには既に自前のパソコンを持っておりました。その理由がまた情けない事ながら、先ほども申しました生来の悪筆のせい。

当時勤務しておりました宝石屋、なにを行うにも業務日報、営業計画書、催事結果報告書その他諸々、いちいち書面での報告が義務づけられていたのでございます。

さて、自分の課で行った催事結果報告書を上司に提出した時の事。

「こら、ちょっと来い!」と怒りを声に滲ませた上司に呼びつけられのです。

これはてっきり催事の結果の不出来を叱責されるものと覚悟してその人のデスクまで行くと、

「これなんや、汚い字で書きなぐりやがって、しかも誤字脱字だらけで何書いてるかわからへんがな。お前、上司、ひいては会社、いわんや社会全体そのものを舐めてけつかんなー、おーっ!?」と、もうえらい剣幕。

こちらは何も悪意があってワザとやってるわけではなく、字の下手なのは生まれつき、誤字脱字が多いのは学校で劣等生やったからで、それを承知で雇といて急にそない言われても、と言い返したいところ。なれどそこは悲しいサラリーマン、平身低頭で謝り、再提出を余儀なくされたのでした。

しかし、書き直したところで、多少はましにはなるものの、特段の進歩は期待できるはずもなく、再提出の書類を受け取った上司、一目見るなり無言でテーブルの片隅へ投げ捨てたのであります。

これに衝撃を受けたわたくし、こんなことが続くようでは出世はおろか、現在の地位までも危ういと焦り、早速解決策へ考えを巡らしたわけであります。

今更習字を習いに行くなど手遅れやし、例えそうしても一朝一夕に字が上達するわけあらへん、そや、これはもう最新のテクノロジーに頼るほかない。かように結論づけたわたくしは早速、大阪の昔は電化の街、現在はオタクの街日本橋へ行き、当時最新のノート型パソコン、マッキントッシュのパワーブックと、持ち運びできる簡易なHP社製プリンターをなけなしの自腹を切って購入したわけでございます。

ただ、そこからが一苦労、全くのパソコン素人が市販の入門書と首っ引き、夜も寝ないで悪戦苦闘。まあ、その甲斐あって会社へ提出するさまざまな書類の雛型をスプレッドシート等を用い作成し、利益率や前年比なども数字を入力すれば自動的に算出されるようにした、初心者としてはなかなかの出来の社内提出用書類のテンプレートを数種類完成させたのでございます。

まあその後、書類に関しての叱責は無くなりましたが、バブル崩壊後の事とて売り上げは低迷続き、上司の叱責はなおも果てしなく続いたわけでございます。めでたしめでたし。

 

落語のお題に「代書屋」というネタがございます。元々は関西落語のネタらしいのですが、今では東京の方でも演じられることが多い演目らしいです。

このお話が出来ましたのは昭和初期。その頃は今と違い、字の書けない人も結構おられたようで、またわたくしの様に一応は書けるが、その書いた字が汚なすぎて人に見せる事を憚られるといったような人が、履歴書や何やらを書くときに頼みに行ったのがこの代書屋さん。何せその頃は、落語にもあります通り、履歴書などは毛筆書きだったようで、今でもそんな慣習が残っておりましたならば、私なんぞいの一番に頼みに行かんならんクチやさかい、そんな商売も残っていたかもわかりませんな。

しかし時代の変遷というものは恐ろしいもので、今やそういった本来毛筆で書かねばならないものまでも、パソコンに取って代わられている始末。

例えば百貨店で菓子折りなどを贈答品として買ったとしましょう。のし紙を頼み、お祝いなりお礼なりと書いて、その下にこちらの名前を入れてもらったりする場合、ひと昔前ですとちゃんと売り場売り場に書道に長けたおっちゃん、おばっちゃんが控えておりまして、毛筆で墨痕鮮やかに綺麗に書いてくれはったもんです。のし紙の代書屋ですわね、簡単にいうと。

それが今は全部パソコンですわ。題目と名前言うたら係のお姉ちゃんがその場でパソコンに入力しまして、プリンターから習字の見本のようなフォントで印刷されたのし紙が出てくる仕組み。

何や味気ないもんですなー。もらった方のありがたみも薄れそうな塩梅。

 

さてさて、そういったテクノロジーの進化は、宝飾品の作成といったことにも実は大きく影響を及ぼしているのでございます。

ほんのひと昔前までは宝飾品のオーダーメイドと申しますと、元になる設計図を宝飾デザイナーさんにお願いし、出来上がった図面を職人さんに渡し、これに基づき熟練の職人さんが実際に棒材やら板材などの貴金属の材料を、切ったり、叩いたて伸ばしたり、曲げたりして手作業で細かいパーツを拵え、それを順々に組み立てていくという工程をたどるのございます。

しかし、現在そのような技工は、なんとパソコンを駆使したキャドというコンピューター設計システムなるものにとって代わられているらしいのです。

例えば、リングならリングの枠の3Dの設計図をパソコンで作成すれば、それに基づいて自動的に3Dプリンターでポンと自動でジュエリーの原型が出来上がるという寸法。

我々年寄りからすれば、まるで手品でも見ているかのような具合。便利、かつ地金の無駄を省き、出来上がりも早い、更に量産も出来るということで、今ではオーダーメイドの注文もほとんどが、このキャドなるもので行われるのが主流だそうでございます。

しかし、どのような時代のどのような品でもそうですが、名人と呼ばれるような人によって拵えられた手作りの品に及ぶものはございません。実際昨今では結婚指輪の販売においても一本一本を職人の手作りによって製作する事をわざわざ「鍛造」(タンゾウ)などと称し、付加価値をつけて販売する業者も現れるほど。

とは申しましても手作りで最も重要となります点は、何といってもそれを拵える職人の腕。

マリッジリングのような地金の輪っかを拵えるだけの簡単なものなら職人の腕の差で大きく違いが出ることはございませんが、実際、正統派のハイジュエリーともなりますと、その留める宝石を生かすも殺すも、その職人さんの腕一つに掛かってくると申し上げても過言ではございません。

 

さて、そこでご覧いただきたいのがこちらの翡翠の指輪。

この品は当店が、このとろける様な、濡れたような何とも言えない翠の宝石の魅力を最大限発揮させるべく、頑固な手造り職人、名工小川明敏先生に依頼し作成いたしました秘蔵の逸品でございます。

こちらは一般的にメレダイア取り巻きの中石リングなどと呼ばれる指輪のスタイル。

さて、この中石のヒスイを取り巻くメレダイアが合計十個。それぞれが一粒当たり0.2キャラットを超えるラージメレダイアモンドを贅沢に使っているのですが、裏から伺いますと、ダイアそれぞれが丸いリング状の枠によって支えられているのが確認できます。この輪状のパーツは針金状の地金素材からひとつひとつ、ダイア下部のパビリオンと呼ばれる部位のちょうど頃合いの良い部分に納まるように、その大きさも緻密に計算され一つ一つ拵えられたもの。そしてそれらがヒスイの周りをきっちりと均等に取り巻くよう寸分の隙も無くロー付けによって接合されております。さらにこの取り巻きのパーツを、ちょうどヒスイの真下、リングの天井部分に設えられた楕円形の受けの部分から放射状に延びた10本の細い針金状のパーツが、微妙なアーチを描いてこれを支え、かつまた同時にメレダイアの座を乗り越え上部へさらに伸び、それぞれがヒスイの脇を飾るダイアモンドのそれぞれを留める爪としても機能するという工夫が施されております。もちろんこちらのパーツも一本一本が同等のサイズ、角度でもって手作業によって生み出された事は言うまでもありません。さて細かい事をいくら言ってもキリがございませんので、この指輪の細工において、最もご注目頂きたい点を最後に指摘しておきたと存じます。

この指輪を真横からご覧いただきますと、ヒスイの石がわずかに下のプラチナの台座からはみ出しているのがお分かりいただけるかと存じます。これは何も職人が寸法を違えたわけではなく、真上から見た場合に石枠が視野に入らないようにする工夫。それと同時に、石がより立体的に高くせり出す躍動感を伝える、視覚効果を狙ったものでございます。

目論見どおり、ヒスイが、恰も椿の葉に乗った朝露が今にもこぼれる落ちるが如き風情をたたえている様子にお気づき頂けますでしょうか。

また、同様に真横からの視点で取り巻いているダイアモンドをご覧いただきますと、ダイアモンドが微妙に外側に向かい傾斜している事がお分かりいただけるかと存じます。

これも、リング全体の見かけをぺたっとした平板な印象から、より立体的な存在感のある印象に見せる為の工夫に他なりません。

さて、いうった細部の入り組んだ細工の冴えは当然の如く肝心ではございますが、最終的に最も重要となりますのは、もちろん出来上がりのトータルとしての形状のバランス。これが崩れていてはいくら細部の細工が優れていても何にもなりません。この最終的な一つの品物としての出来栄えこそが職人のセンスの見せどころ。さてその出来はというと、それはもう覧の通り。

名実ともに名人名工のマスターピースと呼ぶにふさわしい完璧なバランスを保った素晴らしい出来栄であることは、一見すれば今更わたくしがお節介に言うまでもございますまい。

 

しかし、こういった高度な技術を持つ職人さんは、どのような世界でも同様、業務従事者の高齢化に伴い、減少の一途をたどっているのが現実でございます。

キャドでジュエリーを造れるエンジニアは増えても、本物の手造り職人は減る一方。

そういった意味合いも含めて、こちらのお品は近い将来にはますます入手困難となるであろうお値打品であるという事は、みんな、もちろん解かるよね!?

掲載ページはこちら → https://item.rakuten.co.jp/douxperenoel/11004140/

 

 

 

針中野の質屋マルヨなら、質預かりも買取もできます!
無料査定も行っておりますので、お気軽にお問い合わせください。
LINEでの査定、Instagram上でも随時最新情報配信中です!

大阪市東住吉区鷹合2-16-13
【営業時間】9:30~19:00 【定休日】毎月7、12、17、22、27日