翡翠礼賛

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以前にもこのブログでちょっと触れたように思いますが、わたくし、休みの日にはよく近所のブックオフに立ち寄り、古本を漁る習性がございます。

と、申しましても、決して稀覯本などを血眼で探すといった古本マニアなどではなく、呑む打つ買うといった男の道楽の嗜みもない、無粋退屈な老人の余暇の暇つぶしを求めての事。まあそういった店へ行くこと自体が一種の暇つぶしともなっているわけでございますが。

大体わたくしがよく訪れるお店の中の区画は、小説の文庫本があいうえお順の作家別に並んだ棚。ただ、実際購入の気概をもって眺めるのは、その中でも一冊百円(税込み¥110)のお買い得のコーナー。心細い懐事情もさることながら、この歳になりますと本一冊を最後まで読み通す気力がなくなっておりまして、買っても大概は読みかけか、あるいはまったく読まずに打っ棄ったままの事も多いので、そのようにしてなるべくロスの出ないよう、ひとえにお小遣いの始末に努めているのでございます。

さて、この百円均一で売っている文庫がどんなものかと申しますと、通常の古本よりさらにコンディションの悪いものが多いようで、例えば、表紙が少し汚れているとか、中身のページにシミが付着しているとか、焼けて茶色っぽく変色しているなどというもの。稀に状態の良いのがあれば、聞いたこともない作者の聞いたこともない作品。

得体のしれないシミが一部にベッタリなんていうのは、やはり気味が悪くていけませんが、逆にページ全体が焼けて古びた感じになっているものなんかは、長らくどこかの家の本棚ででも眠っていたであろう、その時間の堆積が感じられ、それらが放つカビ臭さとも相まって一種骨董の境地にも相通じる、なかなか滋味深いものでございます。

先日も何気なくのぞいた本棚で偶然見つけたのが、世間から畏敬の念を込めて大谷崎とも呼ばれる明治から昭和にかけて活躍された文豪、谷崎潤一郎先生の著作、中公文庫出版の「陰翳礼讃」の文庫版。

出版日が昭和五十七年九月二十五日十版と奥付にございますから、なんと四十年も前に発行された本。ただしオリジナルの初版は昭和十四年だそうですから、歴史の重みを感じさせてくれる一冊。

もちろん中身のページは見事に薄茶色で均等に綺麗に焼けており、文字通り古色蒼然と言った体。

印刷されている文字も、現在の単行本の文字よりも一回りほど小さく、フォントも明朝体には違いないが、なにやら古めかしい、より筆文字に近い印象でございます。

歴史を感じる古びた劇場で鑑賞する伝統芸や古典の芝居のごとく、文豪と呼ばれるような昔の文人の著作に接するには、やはりこうでなければいけません。

さて、肝心の本の中身なのですが、こちらもこの本の枯れた外観にピッタリの内容。

こちら、谷崎先生お得意の小説ではなく、随筆といった体裁。タイトルの「陰翳礼讃」が表すとおり、その論評は西欧と日本、あるいは東洋の美意識というものの差異を、西欧のそれが光の中にあるカラフルな色彩に求めるのに対して、我々日本の文化においては陰翳、すなわち光あるところに必ず生ずる影との対比における色彩、あるいは色彩そのものに含まれる陰、あるいは影自体の奥行に価値を見出すのところにあると説いておられます。

その説を裏付けるため、谷崎先生は日本家屋の造作、特に厠という家屋における陰の部分を、静かで清潔な場所に保ち、瞑想の場所と位置付けた日本人の知恵という点や、行灯や障子における紙と光との関係、墨汁と和紙が醸し出す風合い、漆器や時蒔絵が日本家屋の持つ陰翳の中で放つ美しさなど様々な角度から、我々の日本文化が長い時代を経て培ってきた陰翳の美意識を細かく解説されております。

さて、そのなかで古来より我々日本人を含む東洋人の心をひきつけて止まぬ宝石、翡翠の魅力を文豪の圧倒的な筆力によって形容されている箇所がございますので、わたくしのヘボな説明に代えて、そのすべてをここに引用させていただく次第でございます。

 

“支那人はまた玉(ギョク=翡翠)と云う石を愛するが、あの、妙に薄濁りのした、幾百年もの古い空気が一つに凝結したような、奥の奥の方までどろんとした鈍い光を含む石のかたまりに魅力を感ずるのは、われわれ東洋人だけではないであろうか。ルビーやエメラルドのような色彩があるのでもなければ、金剛石のような輝きがあるのでもないああ云う石の何処に愛着を覚えるのか、私たちにもよくわからないが、しかしあのどんよりした肌を見ると、いかにも支那の石らしい気がし、長い過去を持つ支那文明の滓があの厚みのある濁りの中に堆積しているように思われ、支那人がああ云う光沢や物質を嗜好するのに不思議はないと云う事だけは、頷ける。”

 

さて元東京都知事、石原慎太郎閣下没後の今の時代、支那人なんて言う人もおりますまいが、そんな事言うと、叱られるどころか、台湾を飛び越え人民解放軍に攻め込まれると困りますから、あくまで古い文献の引用という事で、とりあえず遺憾の意を表し陳謝いたす次第でございます。ゴメンチャイナ。

しかしさすが文豪、どうこの美文!こんなんスラっと書けたら毎度のこのブログも苦労せんのに。

さて、こちらにご提示いたしておりますは当社自慢の翡翠の指輪。どうです文豪谷崎が奥の奥の方までどろんとしたと描写いたしますよう、この何とも言えぬ半透明なぬめりを帯びたような深みのあるグリーン。鉱物というより抹茶を溶いた氷菓のごときこの瑞々しさ。

谷崎先生はこの著書の中で、西欧の婦人の肌の色と本邦は大和撫子のそれとを比較して述べておられる箇所がございます。それは、日本人にも西欧人に劣らぬ肌の白さを持つ者がいるが、はたして並べて対比しようものなら明らかな差異がある。その差異というのは白色人種の肌の白さは、あくまでも混じり気の無い純粋な白であるのに対し、わが同胞の色白自慢の女性の肌は如何に白いと言えど、その奥底には必ずや陰翳が潜んでいるというもの。この陰翳を内包する肌の色が引き立つように、伝統的な和装の生地には様々な彩色の工夫が施されているとも説いておられます。そしてその和の装いの仕上げには、やはり陰翳をうちに秘めたる宝石、翡翠で完結されるべきなのでございましょう。

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