白珊瑚はホワイトチョコのフレーバー

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有名な俳優さんがお亡くなりになりますと、多く寄せられますお悔やみや追悼の言葉の中によく見かけるのが、故人は撮影に入る前には台本が完ぺきに頭に入っていて、どんな長台詞もNGを出す事なく、パーフェクトこなされてた、と言うもの。

私なんぞは元々脳みそのメモリー容量が低いのか、子供のころから物覚えが悪く、それが為の学業不振。結句中卒で世に出たなり、肉体労働を振り出しに生涯下男下足番足軽と言った下働きの身に甘んじておりますゆえ、こういう記事を目にするたびに感心することしきり。我ながら、生まれついたる美貌頼りの早とちりで、間違って役者の道に進まず良かったものよなーと安堵の胸をなでおろすわけでございます。

しかし上には上があるもの。いくら長台詞とはいえ、それはドラマ全体の構成からすればほんの一部分。それに引き換え、講釈師や落語家なんかになりますと、もうすべての登場人物のセリフはもとより、劇中のナレーションから、落語で言うところの枕と呼ばれる導入部分の漫談みたいなものまでを演者一人がこなさなければならないわけでございますから、正に劇団ひとり、これを驚異と言わずしてなんと言えばよいのでしょう。

昨今のお笑いブームの陰の隠れ、落語、講談といった寄席芸はどうも下火に見られがちですが、そこに彗星のように登場したのが講釈師神田伯山。講談界の救世主とも呼ばれる関東寄席芸随一の人気者。実際、今まで講談なんか見たことも聞いたことも無かった人が、その公演を一目見たらいっぺんで引き込まれてしまというほどの力量の持ち主。

実際落語の枕に当たる話の出だしでは、落語同様面白おかしくユーモアを交えて、お客の緊張をほぐすと同時に、その興味を自分の方に手繰り寄せていく。そしていざ本題に入りますと、釈台という演者の目の前にあるちゃぶ台の様な机を張り扇でもって叩きながら調子を取って小気味よく話が進行していく。そして物語のクライマックスともなると、もう鬼気迫る快演で、観客はその迫力に圧倒されて息もできぬ程。

こういった素晴らしい話芸を、わざわざ東京の末広亭とかに赴かずとも鑑賞できますのはひとえにYouTubeのおかげ。

さて、話芸のもう一方の雄、落語はというと、こちらも以前からYouTubeの方で楽しませていただいておりまして、なかでもわたくしお気に入りの噺家さんが、今はもうお亡くなりになって実際の舞台は拝見できませんが、これもYouTubeの恩恵でもってそこに居てるかの如く楽しめる、古今亭志ん朝師匠の高座。

この、古今亭志ん朝という噺家さんは、お父さんも大した噺家さんで、昭和の名人と呼ばれた古今亭志ん生師匠。近頃の林家三平さんの笑点クビ騒動一つ取りましても、親が名人でも子が名人になる保証はどこにもない。舞台へ上がれば孤立無援、自分の腕一つが頼りですから、名人が二代続くというのは実に稀な事。

親父さんの志ん生師匠というのは、一日で酒を一升飲んだというウワバミで、なんと朝っぱらから酒くらって、その合間にお笑いの一席を挟んでるというほど。時には噺の途中で酔っ払って寝てしまう事があったらしいですが、それを見ても見物が怒らない。逆に「今日は良いもんが見れたよ、志ん生の野郎寝てやがんの噺の途中でさあ。寝るとは聞いてたが、ついにお目にかかったよ。いやー良い日に当たったよ!」なんて言われるくらいの実に愛嬌のあるキャラクターで、江戸っ子に大層愛された噺家さんだったそうでございます。

さて、息子の志ん朝師匠はどうかというと、もちろん親譲りの親しみやすいキャラクター。そのせいか若い頃からテレビの時代劇なんかに三枚目の同心役、岡っ引き役なんかで役者としても引っ張りだこ。それに加えて落語のウデはオヤジさんを凌駕するくらいの実力。その話すテンポの軽妙な事と言ったら江戸落語の真髄に触れようかという醍醐味。それに加えてテレビドラマで鍛えられた演技力。そして舞台に登場しただけでお客を包み込む明るい雰囲気。なにせあの気難しい立川流家元の談志師匠をして当代一の噺家と言わしめたのですからもうお墨付き、正真正銘の名人

さて、この師匠、もちろん持ちネタも豊富なのですが、その中でも得意としてたのが廓話(くるわばなし)。

何だその廓(くるわ)というのは?と今のお若い方だと意味が通じない。それは遊郭の事ですよ、と言ってもその遊郭が分からない。だからね下衆な言葉で言うとつまり淫売窟です、なんて言っても通らない。つまり、平たく言えば娼婦が春をひさぐ場所を提供する商いです、なんて言ったらますます混乱する。なぜか?それは今の世の中にそのようなものが存在しないからなんですね。

いや、もちろんそのような商取引が引き続き令和の現在も存続いたしていることは間違いのない事実なのですが、現在の日本の法律では1956年売春防止法交付以来、表向きはこういった商いは固く禁じられておりますゆえ、そのような商売を堂々と看板を掲げて行うことは不可能。ですからこのようなイリーガルなビジネスは様々な商売、例えば旅館、料亭、風呂屋、飲み屋、按摩屋、たこ焼き屋、ファーストフード店、コンビニ等を隠れ蓑として、自由恋愛の建前を装い、隠密裏に行われているのでございます。

そんなわけで、例えば吉原などを舞台とした花魁と客との駆け引きの妙味を味わう廓話を楽むには、この時代あまりにも情報不足、せっかくの粋で滑稽なお噺の内容自体が分からなくなってしまい、そのうち演ずる人とていなくなるのでございましょう。誠に残念な事でございます。

さて、これと同様宝飾品の中にも、消えゆく運命のものがございます。

こちらのペンダントをご覧下さいませ。結構大ぶりな造りで、淵に透明できらびやかなダイアモンドと冴えたブルーのサファイアがちりばめられ、ムラのない乳白色のツヤ感のあるホワイトチョコレートの様な宝石が中央にセットされております。裏には光隆というメーカーの名の刻印とともに、非常に細かい模様の手の込んだ裏打ちがなされております。

こちらを最初見ました時は、一瞬中央の乳白色の宝石は象牙ではないかと訝ったのでございます。もしそうなら、野生動物保護の観点から国際的な取り決めとなっているワシントン条約に抵触しますゆえ、日本国内では象牙・象牙製品の商業取引は原則禁止されており、限定的な条件の下でのみ商業取引することが可能となっていますが、もちろん当店が唯一販売の窓口とする楽天さんでの販売はできません。

そういう制限があるため現在象牙を使ったジュエリーと言うものを製造している国内メーカーと言うものはまず存在しないはずなのですが、なにせ中古品の事、ひょっとして昔作られたモノではと疑ってみたものの、よく見れば果たして幸いこちらはサンゴと判明。赤やピンクのサンゴは馴染みがありますが、白いサンゴは珍しい。珍しいこともあって結構市場では高値で取引されているらしいいのですが、こちらサンゴですら安心してうかうかはしてはおれません。

このような生物由来の宝飾品は、先の象牙や、タイマイと呼ばれるウミガメの甲羅であるべっ甲のように、環境保護の下、いつ取引が禁止されるか知れません。同じ生物から生み出される真珠は養殖と言って半分は人間が拵えているようなものですから、滅多製造中止になることは無いでしょが、サンゴは完全に天然由来。昨今の海洋汚染と地球温暖化によりサンゴの生息域は狭まる一方。いつお上からきついお達しがあって禁輸、生産中止のお触れが出るや分かったもんじゃございません。そういう意味ではギメルの品物ではございませんが、こういった珍しい白いサンゴのジュエリーも未来のアンティークたり得るのではないでしょうか?こういうのを今、しかも中古でお安くご購入なさる事を、先見の明があるっていうんでございますよ。奥様

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