超えられないプロの壁

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マンガ界の巨星、さいとうたかを 白土三平 両先生続いてのご逝去、昭和のマンガ世代といたしましては大変寂しい思いでございます。

出来の悪かった子供時分、唯一成績の良かったのが図画工作。漫画好きという事も手伝って将来は漫画家になろうと心に決め、石森章太郎先生が著した「漫画家入門」という本を購入いたしまして、それを頼りに画材店を訪れ、ケント紙、ペン軸とペン先、墨汁、烏口など作画道具一式をそろえ、マンガを描く台まで材木で工作致しました。

さて、いざマンガを描く段となって、まず行うのがコマ割り。烏口を使って定規に沿ってコマの線を墨汁で引いていくのですが、これが思うように出来ない。まっすぐの直線が引けない、均等な太さの線が引けない。定規に墨が付着して定規を動かした途端、紙に墨の汚れがさっと広がる。何枚かケント紙を無駄にしたのち、すっかり嫌になって漫画作成はあっさり放棄。いやはや我ながら諦めが早いというか、根気が無いというか。昔からちょっとした困難にぶつかると何でもすぐ放り出してしまう。そんなんやから長じて大成せんかったんも無理はない。老境に至りて後悔先に立たず、じっと手を見る。

しかし、言い訳するわけやないけど、実際マンガを描くなんて仕事は大変な難行苦行。場面のカット割りを考え。それに合わせてのコマ作成。この時点で既にアウトやってんね僕の場合は。そしていざ作画の段になると人物は言うに及ばず、背景、乗り物、建物、動物、植物、宇宙船に宇宙人、そのストーリーに出てくるありとあらゆる物を描かないといけない、当たり前やけど。しかもそれらを同じタッチで描かねばなりません。人物はカリカチュアした、いかにもマンガチックなドラえもん風なのに、車はリアルなゴルゴタッチなんてのは許されません。そして何と言っても話の筋、ストーリーというものを考えねばならない。映画で例えるなら製作、脚本、監督、配役、美術、衣装、小道具、メイキャップ、全部すべて一人でやらねばならないのですから、これはもう大変な作業。飽き性で根気の無いわたくしなどには到底できない過酷な仕事。早めに見切りをつけたのは賢明な判断だったのでしょう。

実はこの漫画家断念の判断が間違いでなかったと納得したエピソードがもう一つあるのでございます。

今勤務しております質屋の前に働いてました、これまた質屋。そこでも今と同じように小売販売を担当しておりましたのですが、ちょくちょくご来店くださり、時には、お目が高いと唸るような逸品を買って下さる、四十年配のご婦人がおられました。この方、身なりは質素ながら、お召物の生地は高級素材、モノが良いのは明らか。佇まいもいたってお上品。ただ、あまり生活感と言うものが感じられず、来店される時間帯もまちまちなので、いったい何をされている方か全く見当がつかない。主婦ではなさそうだけど、キャリアウーマンて感じでもない。眼鏡をお掛けになって色白、インテリっぽいからお医者さんじゃないだろうか、いやいや公認会計士、いや司法書士、いや不労所得で暮らしている独身資産家、などと店員同士でいろんな職業を挙げては、はしたなくも、あれこれお客さんの素性を詮索いたしておりました。

さて、そんなある日の事、突然お店に来られたそのご婦人、実は探しているデザインの指輪があるとのこと。なんでも偶然出会った見ず知らずの人が着けてた指輪が大層気に入ったらしく、同じようなものがないでしょうかとのお尋ね。

さて、どういったデザインの指輪かを尋ねるも、口頭でのやり取りではなかなか埒が明きません。

「じゃあ、ちょっと紙とペンお借りできますか」とのご要望を受けてメモ用紙とボールペンをお渡しすると、そのご婦人さらさらっと結構複雑なデザインのリングの絵をこともなげに、しかも実に見事な3D画像で描き上げたのでございます。

「こんな感じかな・・」とおっしゃる言葉も上の空。そのお描きになった絵の完璧な描写力に感心のあまり言葉も出ません。こちらも職業柄、プロの宝飾デザイナーが書いた指輪のデザイン画というものは、それまでにも何枚何十枚と見てきた経験はあったのですが、そういったプロが時間をかけて描いた完成図に全くひけをとらない、リアリティー溢れるラフ画を僅か1分足らずで描き上げられたのですもの。なまじこっちも漫画家になろうか、進学にあたっては、芸大に行こうかなんて夢を膨らませていた、ちょっとばかり絵には自信のある身なれば余計その腕前の凄さが分かります。

そうなると、もうお客さんのご依頼より、その絵の方への興味が断然上回ってしまい、

「あの、失礼ですがこの画、無茶無茶お上手なんですけど、てかプロ並みで正直ビビってますねけど、あの、ひょっとしてデザインとかそんな関係のお仕事されてるのですか?」

思わず聞いてしまいました。するとご婦人ちょっとはにかんだご様子で、

「いえ、デザインなんてそんな高尚なことは、・・・実は少女漫画をちょこっと描いてるんです」

「ええーっ、漫画家さんですかー、ひぇーっ!これはお見それ致しました」

なにせこちらにとっては子供の頃の憧れの職業、野球少年だったオッサンがプロ野球選手に偶然会ったようなもの。

それからの会話はもうわたくし舞い上がってしまって、しどろもどろになり何をどう話したか全く記憶がございません。だだそのボールペンによる指輪のラフスケッチによって、プロとアマチュアの大きな隔たりをまざまざと見せつけられ、漫画家の夢を断念したのは正しい選択だったと大いに納得したのでありました。

さて、その様な完成度の高いラフ画ならば、その図面一枚を渡せば腕の良い職人さんは、その頭脳の中でキャド顔負けの立体設計図を組み立て、見事指輪を手造りで作り上げる事が出来る事でありましょう。

しかし、実際手作りの職人さんに製品の製作を依頼する場合は、指輪なら指輪を着けた場合の真上から見た正面図。それに側面のリングが丸い円を描いている方向、さらにそれを90度回転させリングのウデが一本の棒に見える向きの3方向の図を提供することにより、職人さんにより立体的なイメージを理解してもらうようにいたします。

しかし、この図面を描くのもなかなか難しい技術なのです。下手な人、未熟なジュエリーデザイナーがこの3方向の図を描くと、たまにその3方向の整合性が取れていないものが出来上がり、職人をより混乱させる結果をもたらします。例えば、側面図ではリングのウデから伸び上がるようにして地金の花模様が中石に覆い被さるようになっている風に描かれているのに、正面図では本来、石の左右をこの花模様が横断し、リング接合部分を繋ぐ細工となるはずが、中央縦方向にこの模様が描かれていて、この模様を支える部位は?みたいな混乱が起こるわけであります。さすがに現代では先程も挙げましたキャド等の立体画像をパソコンで簡単に作画できるようになっておりますゆえ、こういったミスは少なくなっているのでしょうし、実際には作画を超えてそのまま3Dプリンターでリングの原型まで作ってしまうのですから凄い進歩でございます。

ただ、そういったテクノロジーの進歩を凌駕致しますのが熟練職人の凄技!

こちらにご覧いただいております指輪は以前にもご紹介致しました、現代飾り職人の名工、生野の巨匠にお願いして拵えていただきました、中石に色鮮やかなツァボライト、即ちグリーングロッシュラ―ライトガーネット、両サイドにハートシェイプのルビーを配し、中石を囲むように10個のメレダイアが取り巻く、実に見事な出来栄えの指輪でございます。

さてこちらの指輪、驚くなかれ、制作にあたって、設計図はおろかイメージを伝えるスケッチ程度のものすら職人には渡していないのでございます。各石のサイズバランスだけを平板なトレイ上であわせ、大体のデザインの骨子のみを伝えただけ。いくらパソコンでもそれだけではデータ不足でどうにもならない。

ところがこの出来上がり、どんなもんだい!

中石の石座への沈み具合、ルビーおよびメレダイアの傾斜角度、リング部分の腕の絞り具合と下へ向かうほどに膨らむそのバランスの妙。どれ一つとしてデータとして職人に指示したものはございません。全ては巨匠が長年培ってきた勘を頼りに形作られたもの。

実際これだけのものを手作業のみで創作できる職人さんは、キャドなどのテクノロジーの進化によって絶滅の危機に瀕しているのが現状。こんなのもう50年後には、たとえ精密なデザイン画があったとしても、誰も手作業では作れないんだから。早い者勝ちだよ!

しかし、宝飾職人にもならなくて良かったなー、こんなん百年修行しても絶対よう作らん自信あるわ!まさに天賦の才のなせる技やね。

 

因みに絵のお上手なご婦人の正体が判明した当日、仕事帰りに駅前の本屋に立寄りました。さあ果たしてこんな本屋に普通に売ってる漫画書いてはるほどの有名人ではないやろな、ご本人もちょこっと言うてはったし。それにペンネーム使ってはるやろうさかい、多分わからんわなー、と半信半疑で漫画の単行本コーナーに近づくと、なんと真っ先に目に飛び込んで来たのがそのお客さんのフルネームの記した本がずらっとならんでる棚。こちらが漢字で記憶してるのそのお名前が全部ひらがなで書いてあるからそりゃインパクトありますわ。何がちょこっとや、人気作家さんやん!

思わず一冊買って、今度来はったらサイン貰お思てたんですけど、結局言いだしかねて・・・

将来の夢はすぐ諦めるし、ホンマ我ながら、あかんたれやね。

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