質業を長年営んでおりますと当然のことながら、色んな方が色んな品物をお持ち込みになられます。
そういった品物の中には、たまに目を見張る様な素晴らしい逸品や、いったい何だいこりゃ?なんて肝をつぶすような珍品にお目に掛かる事がございます。
このコーナーではそういった質屋ならではの、いかなる数奇な運命を経てか、図らずも当店に辿り着いた逸品、珍品のコレクションの数々を不肖、鑑定士中島が順を追ってご紹介して参ろうかと存じます。
本邦における宝飾文化の爛熟期はと申しますと、これはなんと言っても昭和末期から平成初期にかけてのバブル時代を於いて他にございますまい。
その時分はね、大手宝飾品メーカーが主催するジュエリーショウなんかに参りますと、博物館クラスのとんでもない商品がゴロゴロとひしめき合って陳列されてたものです。
付いてる値札なんかもゼロの数が多すぎて、紛らわしいってんで漢字表記。
¥ 五億 ¥ 十億 ¥ 二十二億五千萬円也とかね。もう凄すぎて笑っちゃいますよ。
まあ、お陰様で良い品物を沢山拝見することができたので、いい勉強にはなりましたがね。
さて、こちのブレスレット。間違いなく当時のしろもの。バブル景気の香りを余すところ無く発散するこの貫禄!まるで屏風のように屹立しちゃってますねー。
普通ブレスレットと申しますと、鎖状や紐状の物を思い浮かべる方が殆どじゃないかと思うんですが、こちらは寧ろ時計のブレスバンドのような形状。
しかもただのブレスバンドじゃあない。8枚の四角い板状のパーツとその間を繋ぐ細長い7本の棒状のパーツが繋がって出来上がっているわけなんですが、それぞれのパーツ総てにびっしりとメレダイアが留められている。その数なんと約600てぇから呆れるね。
ダイアの刻印が5・75とあるからダイア一個は大体1/100キャラット、大きさで言うと直径1ミリちょっと。これを一個一個、人の手で丁寧に地金に留めて行くわけ。もう大変な作業ですよ。
しかも、複雑に絡まるデザインの地金部分の全てに、細かいミル打ちが、これも全て職人の手作業よって施されてるってから恐れ入る。ダイア一個の留め賃を500円と見積もっても600個で三十万円。更にこれにミル打ちの工賃が別に掛かってくるわけだから、職人の手間賃だけで相当な金額。これにもちろん金地金、メレダイア600個の値段、各パーツのキャスト代、デザイン料等々が加わるからもう大変だ。原価でゆうに100万は超えているでしょう。
今これだけの物作れって言われても、おいそれとは造れない。
良い仕事してますねぇ!!
でも、これで驚いちゃいけない。これがね宝飾業界の複雑な流通経路を辿って、最終的に、例えば有名百貨店なんかのホテル催事なんかで並んだ日にゃ、500・600・700ええい、面倒だ、末広がりの800万円!なんて値段になっちまう。
「お前ね、こういった物は他に比べるモンがねぇんだから思い切ってバーンと値段付けんだよ。高けりゃそんだけ値打ちが付くってもんだ。山登りと一緒。なに、高い理由なんかいくらでもでっち上げりゃ良いんだよ。ダイアが良い、細工が凄い、オールハンドメイド、なんだっていいんだ。所詮相手はトウシロウだ。ダイアの原価や職人の工賃なんて知っちゃいねー。適当なゴタク並べて、アラ奥様今日はまた一段とお美しい、なんてヨイショの二つ三つがとこ言ってりゃ、じゃ頂いておこうかしら、こうなるって寸法だ」
と宝飾メーカー営業部長の檄が飛んだかどうかは、さだかではありませんが、取り敢えずとんでもない値段だったことは間違いない。
でもね、お客の方も、こんなの買おうって人はその辺のところはちゃんと心得たもので、付いてる値段なんてハナから信じちゃいない。
展示会の形式にもよりますが、だいたい初手からニ割引きスタートが当たり前。そんでもって、三割引きあたりで手打ちとなるのが基本形。ただこの辺のゲテモノになってくると、もっと突っ込んだ商売になるだろうから、場合によっちゃ半額なんてことも充分ありえるね。まあ半値で売っても厚い利幅あるからね。
ただね、これが一旦中古のレッテルが張られるとね、ご覧のように最初の値札の半値どころか、それからはるか3万光年ほど遠く遠くかけはなれた、とんでもないお値段になっちまうんです。(ドゥペールノエルオンラインショップ参照)
新品と何ら変わることのないのに、中古というだけでこんな目に。
理不尽でござんしょ?不条理でござんしょ?
賢い人はこういう所で人知れずこっそりと買って、人の集まるところで派手に見せびらかしでは、ニンマリほくそ笑むのでございます。
こんなの付けてどこ行くの?なんて言ってる世間の狭い、一般ピーポーの方はご遠慮いただいて、パーティー、晩餐会、レセプション、夜会に舞踏会。そんな華やかな場所にお出ましになるエスタブリッシュメントの奥様方、いかがでございましょう。是非ともこの度肝を抜くブレスレットで敵の鼻をあかしてさしあげて、ニンマリほくそ笑んでみられては?
ホントこんなの実際買おうったって、もうどこにも売ってないんだから。万が一にも売ってたにしろ、こんな値段じゃ絶対買えないヨ!いけね、テキヤの地が出ちまった。
こちらバブルが生んだ奇跡のブレスレット。ぜひ宝石箱のコレクションの一つに加えて頂き、末長く大切になさって下さい。
鑑定士歴五十年 中島贋之助でございました。