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2021年8月

ニルヴァーナに誘うダイアモンドの輝き

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もう30年以上昔になるでしょうか、「ビートたけし氏絶賛!」なんて書かれた、本に巻かれた帯の宣伝文句にまんまと引っ掛かかり、衝動買いしてしまった本のタイトルが

「 町で一番の美女 The most beautiful woman in town 」

作者はチャールズ・ブゴウスキーというアメリカの作家。

この作家、それまで読んだアメリカの小説家とはまったく異なる稀に見る無頼派、というかそんなありきたりな言葉など頭から拒絶するようなパンク野郎。

小説の体裁は日本で言うところの私小説のような、自らの身におきた事柄、体験を元に小説化していくといった体ながら、その生活そのものが、<poor white trash , 白人のくず>と呼ばれる、合衆国における白人低所得層のヤサグレ野郎の捨て鉢生活。

日本において同様の社会階層に属し、うらぶれた暮らし向きのわたくしと致しましては共感、感銘するところ多く、以降この作家にどっぷりはまってしまったわけであります。

 

さて、この「町で一番の美女」がどんな話かというと、実は昔の事とて細部はすっかり忘れてしまったのですが、主人公のアル中放蕩ヤサグレおやじが、若くて町一番の美女のアバズレ女とねんごろとなり、有頂天になったは良いが、それも束の間、この女の子があっけなく自殺してしまい、失意と絶望のどん底に突き落とされるといったやるせない話だったかと記憶しております。

 

美人薄命などという様に、昔から美人美女は薄幸薄命と相場は決まっております。

わたくしも同年代の美女、女優の夏目雅子さんが若くして白血病で亡くなった時など、まさに美人薄命よなー勿体ないと嘆き、悲しみに暮れたものでございました。別に自分の彼女でもないのに。

 

しかしながら、実はこの美人薄命という言葉、あまり真理をついた言葉ではございません。

もちろん美人は薄命なのですが、それ以外の美人でない老若男女その他大勢も、人間というものすべて、否、生きとし生けるものすべからく薄命に出来ているのでございます。

「朝には紅顔ありて夕べには白骨となる」の諺どおり、人の運命はまさに一瞬先は闇。

お釈迦様の説かれた諸行無常の教え通り、かたちあるものは全て滅びゆく定めとなっているのでございます。

なれば、なぜ美人だけを殊更薄命などと言い立てるのかというと、やはり美しいものは失くしたときの喪失感が大きい。惜しい気持ちが半端無い。簡単に言うと目立ってしまう。

美しく生まれるというのもなかなか面倒なもので、良きにつけ悪しきにつけ何かと目立つ。ニコッと微笑んだと言ってはギャラリーがどよめき、涙ぐんだと聞けばファンがもらい泣きし、屁をひったと聞けば、あんな美女がまさか!という事で重大ニュースになる。なかなか気疲れの多い、心の休まる暇のない因果な商売でございます。

 

因みにこの「無常」と「無情」という言葉を混同して理解されている方も多いようで、全ての事物が移ろい消えゆく運命をなんともむごい事であるよなー、と解釈される向きもあるやに存じますが、それはまったくの誤解。諸行無常とはそんな人間のセンチメンタリズムなど一切入り込む余地のない宇宙の大原則、真理そのものなのであります。

 

と申しましても我々は生きている者全員、死の滝壺に向かい、今は亡き国民的歌手、美空ひばりが歌うところの、川の流れに乗って、ただ漫然と流されて行くだけ。いかに医療が進み、僅かな抵抗によっていくばくかの猶予を得たとしても、行きつく先は同じこと。嗚呼無情とも言いたくもなるわけです。

我が国の一日当たりの平均死者数は、パンデミックに関係なく3000人以上。年に換算すると100万人以上が死んでいく計算。つまり100人いれば一年後に一人は確実にいなくなる勘定。その確率の高い事、宝くじの比では無い!

 

そんな、明日をも知れぬ儚い定めの人間、どうしても永遠に変わらぬものに対する憧れの念が強くなるのは当然。

ダイアモンドは永遠の輝き!などと申しますが実はダイアとて永遠ではない。無常の法則に照らし合わせるとダイアモンドすら必ず滅する運命。ただその寿命の尽きるのは人間の想像を超えた遥か彼方の未来。ですから蜻蛉のような人の人生からすると永遠のようなもの。

この永遠の輝きと最強の硬度の鉱物に、死の危機と絶えず隣り合わせの儚く脆い人間は何らかの心の拠り所を見出そうとするのでしょう。

 

さて、ご覧いただいておりますのは、三角形の大粒イエローダイア2キャラットと、こちらも三角形の透明ダイア0.6キャラットを、底辺x高さ÷2の底辺同士で合わせました実に大胆なデザインのお洒落なリングでございます。

大粒のダイアモンドのリングというものは作る側も緊張するのか、冒険するのが恐ろしいのか凡庸なデザインが多いもの。ところがどうですこちら、なんとも遊び心が溢れた斬新かつ無駄のないデザイン。しかもオーダーメイドなのでしょう、リング枠も実に骨太、しっかりとした重厚感が着けた瞬間に伝わります。大粒イエローのトリリアントカットのまばゆい輝きはまさに未来永劫衰える事のない永遠の煌めきでございます。

このダイアモンドの輝きの一瞥のみで、見る人はその美しさに心を奪われ、瞬時死の概念、死への恐れは消え去るのです。

テック・ナット・ハンというベトナム生まれ米国在住の高僧がおられます。彼の著作に「死もなく、恐れもなく」という本がございます。

死やその他諸々の不安はどこから来るかというと、全てはその人の心が作り出す幻だと彼は説きます。

モンキーマインドといって、枝から枝へ絶えず飛び移り、休むことのない猿のような心。これを治める事が出来れば、自ずと死に対する不安は無くなるというのです。

言うは易く行うは難し。この思考が消えた状態こそが悟りと呼ばれる「無」の境地。しかし、これに達するには相当な修行が必要。

しかしほんの一瞬でしたら、息を呑むような美しいものを見る事によって、あなたの思考も止まるはず。

わずかなひと時ではございますが、こちらの強力なダイアモンドパワーによってあなた様もニルヴァーナ、涅槃の境地へ行ってみたいと思いませんか?

 

掲載ページはこちら → https://item.rakuten.co.jp/douxperenoel/01002503/

 

グリーングリーングラスオブホーム

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お盆も過ぎますと季節も晩夏という事で、忍び寄る秋の気配がそこかしこに漂い始め、侘しいような、心細いような気分がふつふつと湧き上がってまいります。

この情感を、夏のはじまりとともに燃え上がり、その季節の終焉とともに終わりをつげた切ない恋の想い出と重ね合わせ、叙情豊かに歌い上げたのがユーミンこと松任谷由実がまだ荒井の姓を名乗っていた頃の名曲、その名もずばりの「晩夏」。

しかし、このような叙情効果も暑い夏があればこそ引き立つわけで、今年のような梅雨のような長雨、豪雨続きだと、もうまるっきり季節感が薄れてしまい、そう言った季節の移ろいを愛でる、あるいはそれに託し屈託の想いを歌にする、なんて悠長な事は言っていられません。

 

イギリスのSF作家J ・Gバラードがその作品「沈んだ世界」で描いた世界は、地球規模の気温の上昇により、極地の氷がすべて溶解し、地球上のほぼすべての都市が水没していまうという、ぞっとするような内容。

照り付ける灼熱の太陽の下、熱帯の植物が繁茂する高温多湿の残された土地で、何の有効な手立てもなく、滅びの道を歩む人類の様子がたんたんと描かれています。

最近の日本列島を襲う異常気象を目の当たりにし、昔読んだSF小説の不気味さがふと蘇ってまいりました。

バラードの小説では、ありきたりのスペースオペラのように、人類が目の前に迫った困難、危機を打ち破り、希望の明かりを見出す仕掛けなど一切見られず、実存主義の不条理小説の様に、人類に降りかかる艱難辛苦がリアルかつドラスティックに描かれ、読む人の心の内に不安を増殖するのです。

しかし、これはあくまで人類の視点に立てばこその感情で、実は地球は単に自らの、人に例えるなら免疫作用のような自己防御の働きにより自分の身を守っているだけなのかもわかりません。

スタジオジブリの名作「風の谷のナウシカ」の中で描かれている逸話。

最終戦争後の荒廃した地球で、腐海と呼ばれる猛毒を噴出する菌類の広がる地層奥深く、実は空気の浄化がその菌類によって粛々と行われているというエピソードもこういった生きている星、地球自体の有機体としての免疫のプロセスを暗示しているのではないでしょうか。

 

「国破れて山河あり」と漢詩の一節にある様に、人類の盛衰とは無関係に、まったく別の次元で地球は自らを修復する活動をダイナミックに行っているのです。

地球温暖化に伴う、大雨大洪水もそういう見方をすれば単に地球自身の修復作用、文字通りの自然治癒の活動なわけで、そんな修復作業を起こすきっかけは、さて誰が作ったのでしょうか。

 

SFの世界だけでなく、荒廃した大地をまず始めに癒す働きを担うのが、バラードの小説でも登場する緑豊かな植物の働き。

例えば、人口減少のせいでしょうか、近ごろなにかと目につく街中の廃屋。

住人のいない家屋というものは、その鬱蒼と草生し蔦絡まる様子で一見してそれと分かります。

こういった光景、人の眼から見れば荒廃したありさまという事になるのでしょうが、例えば神の眼で眺めたとすると、ヒトの傷が血液で覆われ凝固し、かさぶたとなり傷を癒すように、自然が本来あるべきカタチへ回帰しようという、癒しの過程と映るのではないでしょうか。

実際こいうった家屋に侵食してくる緑の草木を目にしましても、我々は例えば害虫などを見て怯え嫌悪するような感情は不思議と起こりません。それどころか、観光として訪れる風光明媚な景勝の土地などでは、その緑豊かな風景そのものを愛でる事が目的。

例えば、「目には青葉山ほととぎす初鰹」などと昔の有名な俳句に詠われておりますように、緑の木々が人々の心に与える癒し、安らぎの効果は計り知れません。

それはきっと我々も自然の一部で、独り人類だけが自然からかけ離れて地球上に存在しているのではないという証なのでありましょう。

 

ということで、今回は着ける方に癒しの効果を約束する、緑鮮やかなのジュエリーのご紹介という運びとなっております。

ご覧いただいておりますリングは鮮やかなグリーンガーネットが横二列に規則正しく並び、それを細かいダイアモンドが豪華に縁どり、グリーンと相性のよいゴールドの枠がしっかり支える構造となっております。

ガーネットと聞いてまず思い浮かぶのは、赤色系統のアルマンダイトやロードライトガーネット。しかし実際に魅力的なのはグリーンのガーネット。こちらのグリーングロッシュラ―ライトガーネットや非常に希少なデマントイドガーネットの類。

特にこちらのグリーングロッシュラ-ガーネット、別名ツァボライトとも呼ばれるこの石は、その緑色がエメラルドのそれとやや異なり、黄色味が強く鮮やかで照りもあり、如何にも葉緑素をふんだんに含んだ肉厚な植物の葉っぱのような色合い。

19世紀末から20世紀初頭に活躍したフランス人画家アンリ・ルソーが描く不思議な雰囲気をもつ絵画の中に、数多く出てくる熱帯のジャングルの鮮やかで印象的なグリーンがまさにこの色、この雰囲気。

見る者をして、その世界に思わず引き込まれそうになるルソーの絵画空間同様、グリーンのガーネットに引き込まれ、熱帯のジャングルを感じて頂ければ、何処からともなく、化鳥や野生動物の鳴き声がこだましてくるかも分かりませんよ。

 

掲載ページはこちら → https://item.rakuten.co.jp/douxperenoel/01001581/

 

どうなるかな~

どうなるかな~

こんにちわ~ガンです。

またまたバタバタして、ブログ忘れてました(@_@;)

前々からやってみたかった、梅干し作りに挑戦してみました。

簡単レシピにひかれて遂に!!!
少し前ですが晴れた日にベランダに干しました。
今は冷蔵庫でねむってます。

美味しくできるかな~どうかな~(o^・^o)楽しみでーす♪

炎の癒し、ファイアーオパール

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夏真っ盛り、毎日暑い日が続きますが、皆様お変わりございませんでしょうか。

もうじきお盆という事ですが、最近ではすっかりお盆の行事というものが廃れ、かく言う私も仏壇に線香一本花一凛たむけるわけでもなく、ご先祖様各位にはまったくご無礼申し上げておる次第でございます。

私がまだ子供の頃には各家庭それぞれお盆を向けて、冥界から帰省するご先祖様の魂を迎えるべく、色んな拵えや飾りつけに余念がなかったように思います。

ただ、わたくしの育った家に関して言えば、母子家庭で男児二人兄弟の環境。母親一人が家事全般を取り仕切らなければいけなかった事も手伝って、ほとんどと言って良いくらいお盆らしい支度は無かったように記憶しています。

ただ、この時期に友達などの家に遊びに行けば、提灯や行燈を灯し、迎え火を焚き、仏壇周辺にはキュウリや茄子に爪楊枝を刺して造ったような動物やお花、お菓子、果物などを飾りつけ、盛大にお盆の機運を盛り上げ、ご先祖様の帰宅を寿ぐ?様子が垣間見られたわけでございます。

 

さて、このお盆の飾りつけにおける照明設備でございますが、西欧のクリスマスのピカピカ輝く電飾とは対照的に、提灯、行燈、灯篭といったぼんやり点るろうそくが光源の灯りが中心。

ろうそくの灯りと言いましても、もちろんわたくしが子供の頃より、火災防止の観点からすでに電灯にとって替わっていたわけですが、その電気の灯ももちろん、ろうそくの灯を模した白熱電球の輝き。

ぼんやり点った行燈が仏壇左右に設えられ、中央には百目ろうそくの炎がゆらぎ、祭壇からは線香の煙たなびく景色はいかにも厳かな雰囲気で、だらけがちな蒸し暑い夏をキリっと引き締めてくれるような効果がございましたね。

 

さて、このろうそくを光源といたします行燈、提灯、灯篭などの日本の伝統的な灯りに相通じるのが、ご覧いただいておりますファイアーオパールの輝きなのでございます。

ダイアモンドの輝きを最新のLEDの冷たく鋭い光に例えるなら、このファイアーオパールの輝きは本当に名前のとおり、ファイア、すなわち炎のような如何にも熱、ぬくもりを感じさせてくれる輝きではないでしょうか。

 

火災を例にとるまでもなく、すべてを焼き尽くす炎は本来恐るべきものであり、実際野生動物は火を本能的に恐怖するわけでございます。しかし不思議と人間だけは原始時代から火の利用、活用によって文化文明を築き発展させてきたと同時に、火や炎そのものに安らぎや、癒しを見出し、さらには死者の弔いや五穀豊穣祈願などのスピリチュアルな儀式には欠かす事の出来ない神聖なものと見なしてまいったのでございます。

キャンプでの焚火や暖炉の炎は実用面だけではなく、深く心を癒し、その場所の雰囲気を和ませてくれる働きがございます。また、洋の東西に関わらず、あらゆる宗教儀式においての蝋燭や護摩行などによる炎の演出は、邪気を払い、聖なるものを讃えるしるしとされてまいりました。

事実、拝火教とも言われる、偶像ではなく火そのものを拝むゾロアスター教という宗教すら古代ペルシャに存在していたそうでございます。

 

さて、そのような心を癒し、死者の魂を鎮める輝きを本物の炎に替わって、常に携帯できるという便利な指輪がこちら。

 

この指輪、真ん中には、1.78キャラットの大きすぎず、また小さすぎない、そして山高の姿の良いころ合いのカボッションにカットされました、オレンジが鮮やかなファイアーオパール。これを四本の爪でしっかとリング枠に留めまして、それを細かいメレダイアモンドがひと巻きぐるっと囲みます。さらには、腕にも左右三つずつ小さなプリンセスカットダイアモンドがレール留めで留められているといった、なかなか凝った造り。

そして、何をおいてもこの中石のファイアーオパールの游色効果、プレイオブカラーが実に良い。

写真ではなかなか上手く伝わりませんが、指にはめ、微妙にあらゆる向きに動かして頂きますと、石の奥底より黄緑色の細かい煌めきが、あたかも勢いよく燃え盛るたき火が、中心から爆ぜるようにメラメラと湧き出してまいるのでございます。

この文を書きながらも、その様子を眺めて、ついその神秘的な美しいサマに思わず書く手が止まり、見入ってしまうくらいなのでございます。

さて、神様仏様極楽地獄死後の世界などという事にとんと無頓着な罰当たりなわたくしではございますが、そんな非道な人間の心をもつかみ、癒しを与えてくれる聖なる炎の輝き。

最早この世には無いご先祖様にではなく、毎日が大変な人生を生きてるあなたへの癒しのお守りとしておひとついかがでございましょう。

 

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貴女を強く印象付けるピアスの輝き

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人生も黄昏時に差し掛かってまいりますと、不思議と幼い時の記憶の断片が、古池に湧き上がってまいりますあぶくのように、ふと浮かんでまいります。

それは明方の夢の中であったり、はたまた通勤途中の電車の中の白日夢であったりと場面は様々なのですが、その時の状況とは何の脈絡もなく唐突に脳裏に去来するのでございます。

 

つい先日も帰りの電車の車窓から、暮れなずむ空に広がる茜色に染まった雲を何気なく眺めておりますと、急に昔見たクルマについていた三角窓の記憶が不意に浮かび上がってまいったのでございます。

あれはまだ、私が幼稚園に行くか行かぬ頃。早世した父の勤めていた会社の社宅に住んでいた時の頃でしょうか。

当時はまだ道路の舗装も普及しておらず、住宅街と言えども砂利を敷いたような道だったように思います。

その未舗装の砂利道に停車していた車は、きっと当時の事ですから、初代のトヨペットクラウンかなにかで、今から思えば光岡自動車が作ってるような如何にもクラッシックカーという趣の車だったに相違ありません。

当時はまだ自家用車というものは一般家庭には馴染みがなく、きっとそれはタクシーか社用の車かだったのでございましょう。

幼児の背丈からすると、きっと今眺める大型トラックほどの重量感、迫力で当時の私の眼には映ったことでございましょうが、それよりも、というかその車全体を強く幼い私の脳裏に印象付けたのが、三角窓の輝きだったのでございます。

 

自動車の三角窓などと申しましても、今の方にはまったく馴染みのないもので、何のことやらと当惑されている方がほとんどだと思うのですが、これは車内の換気や、エアコンの無い時代、自動車の走行に伴う送風による冷房の為に設けられた工夫。大抵はフロントドアのウィンドウの前方部分に装備され、縦軸方向の可動により人力にて開閉する仕組みになっていたのです。今でも、たまに街で見かける古いタイプのフォルクスワーゲンビートルにこの装備を見る事ができます。

 

その時は車の中にきっと運転手か誰かが乗っていて停車していたのでしょう。三角窓が開けられており、その開いた角度がちょうど太陽光線を反射して、まるで三角形のライトの様に明るい光を放射していたのです。

さて、その反射した日光が朝日か、夕陽か、昼間のものか、あるいは母や祖母が一緒にいて、その光について問いかけをしたかどうか、また車の車体の色がどうだとかいう事はもう半世紀以上も昔の出来事なのでまったく記憶の埒外でありますが、その鮮烈な輝きにたいする驚きが車の印象と共に幼い私の脳裏にしっかり残り、鮮やかな記憶として刻み込まれたのでございましょう。

 

一瞬の煌めきが人間の記憶に与える効果を期せずして体験した幼子の私でございますが、この作用、仕組みこそが、文字どおり光り物と言われる、宝石、宝飾品がファッション、服飾、美容の分野で果たす重要な役割となっているのでございます。

 

ファッションにおけるジュエリーの重要性は今更申すまでもございませんが、実際いかに高名なデザイナーのワードローブで着飾ろうとも、最後の仕上げともいえるジュエリー、アクセサリーといった装飾品の存在無くしてその完成を見る事は出来ません。料理の盛り付けではありませんが、最後の仕上げは光のアクセントでフレーバーを効かすわけでございます。

さらに、もはやファッションの一部とも言える美容の観点からも、ジュエリーの応用、特に美顔においてのイヤリング、ピアスの存在はメイク術と切っても切り離せぬ関係性が有るようにうかがっております。

数あるコスメティックの中にはハイライトといって、肌に塗布して顔色をよりよく見せる顔料があるそうでございますが、実際派手やかなお色の耳飾り、首飾りをお着け頂きますと、これと同様の効果をそのお顔の表情にもたらすことができると言われております。

さらには、また小さくとも輝き鋭いダイアモンドのピアスなどをお着け頂きますれば、幼き日のわたくしが自動車の三角窓から得たと同様のインプレッションを見る人に与えることが可能となります。すなわち、閃光のような一条のダイアモンドの輝きが、あなたの印象を強く見る人の心に焼き付ける事となるのです。

実際、無邪気な童子が長じ、むさくるしい青年へと成長を遂げた私は、今度はこの耳朶からの閃光のせいで多くの女性の印象を心に強く焼き付けられる羽目とあいなり、叶わぬ片想いの苦い記憶とともに、今でも明方の夢から涙ながらに目覚めるのでございます。

 

さて、あなた様もこちらにお示しいたしました、ちょっと珍しい角ダイアのピアスの透明な輝きでもって、世の男どもの心に、消すに消せない鮮烈な印象を焼き付ける罪作りな女になってみてはいかがでございましょうか?

 

こちらのダイアモンドピアスは、買い取ったりした商品から外してパーツとしてストックしているダイアモンドの中から厳選して拵えた、当店のオリジナル商品でございます。

こういった四角い形状のダイアモンドは、大きい色石のリングの脇石として良く見かけるタイプで、ステップカットあるいはバッケットカットと呼ばれる長方形にカットされたダイヤモンドでございます。こういった形状のダイアモンドはラウンドブリリアントとはまた趣が異なり、キラキラした煌めく光ではなく、透明で、まるで鏡からの反射光のようなストレートで純粋の光の反射を見る人に届けます。

こういったステップカットのダイアモンド、カット面がラウンドに比べて少ない分、ごまかしが利きませんのでキズや色味はすぐ目に付きます。しかしこちらのペア、よほど良い中石のお供だったのでございましょう、クリーンで無色透明。非の打ち所がございません。

 

この非の打ち所の無い透明純粋無垢の輝きこそが、あなた様の非の打ち所を見事消去せしめ、あたかも地上に降り立った女神の如き印象を、健全な青少年から脂ぎったオヤジまで、全ての男性の脳裏に深く刻み込まずにはおかないのでございます。

 

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ワクチン2回目

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ファイザー2回目接種完了。

今のところ大した副反応なし。

せやけど、デルタ株には3回打たんと効かんらしいでんな?

ハリー中野でした

真夏のホラーの一席

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夏の風物詩と申しますと昔から西瓜にかき氷、ビールに枝豆、浴衣に風鈴、花火に蚊遣と相場は決まっております。

ただ最近は季節感が薄れてきたとかで、そういった風情を愛でる、楽しむてな風流はとんと下火だそうで。

 

もののけ、幽霊 妖怪のたぐいなども、昔から夏場の流行りモノと相場は決まっているようでございまして、扇風機やクーラーなんてものが無かった時分に、ぞーっと胆の冷える恐ろしい気分を味わって涼を取ろうなんて言う、庶民の苦し紛れの工夫がそもそもの始まりだそうでございます。

 

さて、普段は陽気なお笑いが売り物の寄席ではございますが、夏場ともなりますと笑ってばかりじゃ汗が噴き出てたまらない。少しはお笑いの合間に涼を取る工夫をしなければ、という事で、普段は毎度ばかばかしいお笑いの一席を演じる噺家さんが、身の毛もよだつおどろおどろしい怪談噺を演じるという事にあいなったのはそういう事情があればこそ。

 

さて、落語の怪談噺を語る上で、いの一番に挙げなければいけないのが三遊亭圓朝という江戸明治の時代に活躍した名人の誉も高い大師匠。

名人上手と呼ばれる噺家数あれど、この人の上手さは頭抜けて凄く、その凄さゆえに先輩後輩同僚はおろか自らの師匠からすら疎まれ、嫉妬をかい、陰湿ないじめを被ったというのでございます。

どのような、いじめかと申しますと、この人の得意な演目を本人の出番が回ってくるまでに他の噺家が先を越して演ってしまうという嫌がらせ。普通は寄席内の暗黙の了解があって演者それぞれが遠慮し合って上手く回していくところをわざと意地悪をして得意の出し物を封じてしまおうという魂胆。しかも自らの師匠が率先してするのだからたまったものではございません。

 

しかしこれでへこたれる様なヤワな圓朝ではございません。それじゃあ他の噺家が先回りのしようの無い、自分にしか演じることの出来ないオリジナルの噺をこさえて演ってやろうじゃないかてんで作った話の数々が、これまた後世に残る名作揃い。

中でも代表作の一つと言われる「真景累ヶ淵 (しんけいかさねがふち) 」は全九十七章からなる超大作。とてもいっぺんに語ることなどできない大河ドラマ顔負けの一大スペクタクル。

内容とて落語とは名ばかりのシリアスな人間の欲と業の絡み合い。またその末に生じた殺生沙汰によって殺された者の怨念が亡霊となって祟り、更にはこれが子々孫々まで続く因縁因果となり、陰惨な物語が螺旋の如く繰り返えされるという。まさに背筋も凍る怪談噺の傑作なのでございます。

このお話があまりによく出来ているという事で、後年映画になったり、歌舞伎になったりと大層な人気を博したわけでございます。

残念ながら、三遊亭圓朝師匠のオリジナルの高座の音源は昔の事とて、現存いたしませんが、その孫弟子あるいはひ孫になるのか定かではございませんが、昭和の名人と言われた三遊亭圓生師匠がこの「真景累ヶ淵」を得意の演目としており、現在も在りし日の名人圓生の話芸の粋をYouTubeなどでお楽しみいただけます。

ご興味のあるお方は是非そちらの方で。

 

とまあここまで引っ張っておいての今回は宝石、宝飾品の中のオバケの話。

わたくしがまだ宝石店に勤務いたしておりましたバブル前からバブル期にかけて、日本中はまるで熱に浮かされてるかのように好景気に浮かれ騒ぎ、もう毎日がお祭り騒ぎ、年中ブラジルのサンバカーニバルの様な体。

不動産価格はずっと右肩上がりで、地上げ屋などといわれる胡散臭い連中が暗躍し、

普通の主婦ですら株取引に手を染め、ひと月で何百万儲けたなんて話はざら。

どの企業も業績絶好調につき決算賞与に海外社員旅行と、もうどちら様も大層な大盤振る舞い。

さて、そんな時によく売れたのが宝石のオバケ。

オバケたって、なにも指輪に卒塔婆がたって人魂が青白くその上を浮遊しているわけじゃございません。平たく言えば大きさ重視品質軽視のジュエリーなわけであります。

分かりやすい例えでダイアモンドを例にあげれば、DカラーVVSIの透明度、エクセレントのカットグレードの0.5カラットのダイアモンドよりも、Mカラー、I2の内包物どっさりのカットがプアーで3カラットの大きな方が断然人気。

「そんなもんな、石の良し悪しなんか素人には解らへんねんて、なんせ大きさやて。ガツーンとはったりかませるようなん嵌めてやんと舐められんで、ほんま!」とまあそんな如何にも、あぶく銭をつかんだ、にわか成金的風潮が世間一般に広がり、オバケ宝石の需要は高まったのでございます。

先ほどは分かり良いようにダイアモンドを例に挙げましたが、実際のオバケ宝石の主流は色石でありました。ダイアモンドはどうしても鑑定書というものが付いてまいりますので、そこを突かれるとマズイわけなのでございますが、色石はそんなややこしいものは無い。

20,30,40キャラットを優に越える、灰色不透明なスターサファイアや赤かぶの様な色の不透明なインドスタールビー、ラッカーで着色したような不透明で濁ったヒスイ、内包物だらけのまるでストーンウォッシュ加工かと見まがいようなエメラルド。

そんなデカいだけで何の美しさも魅力も感じられぬオバケ宝石がよく売れてたのでございますが、果たしてみんないったいどこに行ったのでしょう。オバケだけに無事な成仏を願わずにはおれません。

品質重視の当店におきましては、あいにくオバケの見本になる様な手ごろな商品がございません。

そこで、お化け同様滅多にお目にかかる事の出来ない幻の希少石を良い意味でのオバケという事でここにご紹介いたしとう存じます。

 

さて、こちらのグランディディエライトという舌を噛みそうな宝石名の石、実はわたくしもまったく知らなかった宝石なのでございます。実際わたくしが宝石屋に勤務しておりました頃は商品として流通すらしていなかった。バブル紳士淑女がどうあがいたって手に入れる事すらできなかった、まるでオバケのように存在すら不確かな宝石なのでございます。

実際この宝石が最初に発見されたのは1902年ということなのですが、このような透明の宝石品質の結晶が発見されたのは今世紀初頭のこと。

なにせ、かの世界的な経済誌「フォーブス」にレッドダイア、ターフェアイトについで世界で3番目に高価な宝石と評価されたそうでございます。

いかがでございましょう、この清涼感あるマリンブルーの輝き。まさにこの夏の季節にピッタリなクールなイメージ。しかも誰もこの石の正体を見抜ける人がいないという怪奇現象を引き起こす実にミステリアスな宝石。

 

「あら、素敵なアクアマリン」

「いえ、アクアマリンじゃないの」

「ブルートパーズ?」

「ブー!」

「じゃ何?教えて」

「オバケ」

 

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