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ハリー中野の宝石コラム

コンクパールはイチゴミルクの味

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「宝石商見てきたような嘘を言い」という箴言があるように、まことに宝石を商う者の中には口から出まかせ、針小棒大な大風呂敷を広げてお客を惑わせ、良心の呵責を微塵も感じぬ者が少数ながらも見受けられるのは、甚だ残念な事でございます。

大体宝石というものは、そのほとんどが海外で産出され、輸入されているのですが、その販売に携わる者は、如何にもその現地の採掘現場や現地の取引所などを訪れたかの如く語るのですが、そのほとんどは、仕入れ先からの受け売りや、書物によって得た知識。

「こういった本ヒスイ、いわゆるインペリアルジェイドの良いものになりますと、ビルマのウル渓谷周辺でしか採れないのですが、もうそこまでたどり着くのが一苦労。なにせ海抜千メートルを超える標高の未開の土地。まともな道などございませんから、当然車でなんか行けません。採掘工夫たちは重い採掘道具をロバの背に乗せ、徒歩で歩く事丸五日。途中で峻烈な崖から転落して命を落とす人馬も珍しくはないと言うほどの大変な苦難呻吟の末、ようやく採掘現場にたどり着くのです」などと口から出まかせを語るのですが、産地をわざわざビルマやセイロンといった旧国名を使い、よりそれらしく演出する裏技も忘れません。

さて、そうした宝石屋の成れの果て、落ちこぼれジュエラーのわたくしですが、新卒で宝石屋に就職致しまして配属されたのが、当時大阪梅田、阪急三番街にございましたハンドバッグ専門の支店。宝石屋に勤めたはずがハンドバッグ屋かよと、就職そうそう出鼻をくじかれた形でいじけておりましたところ、なんとそこの店の店長さんは、その店の店長に就任するまでは心斎橋の本店で外商部のトップセールスとしてバリバリ宝石を販売していたという凄いやり手のセールスマンだったという事。しかし何事も過ぎたれば及ばざるが如しと言いますが、あまりに派手に活躍したが故に上司から目をつけられ、バッグ専門店に左遷の憂き目にあってしまったのでございます。きっと当時のその人の上役がその実力のすごさに、自分の地位を脅かす存在と察して、先手を打ったに違いないという噂でありました。

さてそのおじさん、といっても当時店長はまだ32、3才だったはずですが、今から思っても随分世慣れた感じの短躯肥満の体つきで、いかにも精力的。見た目は宝石商というより、どちらかというと不動産屋、土建屋という感じ。ムードや見かけの良さを販売に繋げる事の多い宝石セールスにあって、押しとバイタリティーと行動力で売上を積み重ねる、本物の実力派営業マン。なにせこの人、本店外商時代は宝石だけじゃなく電化製品から羽毛布団まで顧客に売りつけていたほどらしいのです。

さてある日、私がその店にある高級バッグの一つ、なんとあのエルメスの下請けをしているという、フランスにある某工房が作っているというバッグ、聞いただけでなにやらいかがわしい感じですが、それをお客さんに説明しておりますと、色違いの有無を聞かれました。それを店長に確認しますと、そこから店長は心許ない新入社員のわたくしから、その店長が上客とにらんだお客さんを引き継ぎます。

「じゃあ、ちょっと工房に確認してみますので、しばらくお待ちください」と言うや否や店長さん受話器を取って、電話をかけ始めるじゃないですか。(えっ?フランスにかけてんの、もしかして)と、あっけに取られてる私を尻目に「ハロー、ディスイズ ○○(店長の名前)スピーキン。オー、ハイ!ハウヤドゥーイン?」なんて突然英語で話し出すじゃないですか。もうびっくりしている新入社員の私を無視して会話を終えた店長、電話を切るとお客さんに向き直り。

「お待たせいたしました。今はあいにく、工房の方にも作り置きのストックは無いそうですね。何せ天下のエルメス様優先、自社品は後回しらしいんで、ちょっと今後の上がりも読めないみたいですねー」

なんて言いながら、結局そのお客さんが色違いを尋ねられた元のモデルを最終的に言葉巧みに押し込んでしまいました。

さてその後、感心した私が、「フランスに国際電話ですか?凄いですやん!しかも英語で!フランス人も英語話すんでっか?」と矢継ぎ早に店長に問い質すと

「お前は馬鹿か?内線の電話でどうやって国際電話かけられるんや?」

確かにそう言われれば店長が握っていた受話器は社内の各支店や各部署にしか繋がらない内線電話。

「いや、それでも電話で話してはりましたやん?何喋ってはるか分かりませんけど、ハロー言うて」

「わからん奴やな―、芝居やお芝居、独り芝居。大体地球の裏側のフランス今何時やねん?みんな寝とるぞ」

「はー?」

「あれの色違いは、今この店にも、たしか本店にもないはずや。しかし、ただありませんじゃ、そうですかで終わってしまうやろ。一つのドラマを作って客を飲み込んでしまい、今有る現物を売るの技や、解かった?覚えときや」

「へー!」新入社員のわたくし、商売の機微に初めて接したと感じた瞬間でした。

さてそれから15、6年ほどたった頃でしょうか、本店に配属になっていたわたくしは、ある展示会の最中、ちょうど来場が他の得意先と重なった同僚社員のお客さん、まだ年若いカップルでございましたが、をその担当の代理で接客いたしておりました。

たまたまコンクパールのリングがお目に留まり、その頃はもうこちらも慣れたもの、如何にも見てきたような知ったかぶり、いっぱしのジュエラー接客で説明いたしておりました。

「こちらはコンクパールと申しまして、カリブ海に生息致しますピンクガイという巻貝から、極めて稀に採れる天然真珠なのでございます。通常真珠は二枚貝から、しかも、人の手を借りて養殖によって生産されているのですが、このパールはまったくの人の手を介さない、正真正銘の天然自然が育んだ真珠なのでございます。さてこのコンクパールが採れますのはピンクガイという大きなほら貝の様な貝なのですが、現地ではもっぱら食用として水揚げされます。その採集された貝の中からわずか一万個に一粒見つかるか見つからないかというほどの、希少な真珠なのでございます」と立て板に水とばかりにまくし立てておりますと、そのご主人と思わしき男性が突然、

「その貝食べた事あるよね?」と奥さんらしい女性に話しかけたのです。

「あるある、たしかマイアミでだったっけ?」

「そうそう、バハマ料理だかの店で食べたよねー、結構美味かったよなー?」

「うん、美味しかった美味しかった!」

そこで突然尋ねられたのです。「召し上がった事あります?」

「い、いやー、残念ながらまだ食べた事はございませんねー」

「そうですか、取れる真珠のように希少じゃないから一度召し上がって下さいよ、なかなかの美味ですよ!」

「は、はい。機会がありましたら、ぜ、是非」

そこからはもう接客の勢いの鈍る事といったら。下手に知ったかぶりするのは良いけど、たまにはその架空の話を上回る経験者が一般顧客の中にもいらっしゃるという事を忘れてはいけませんね。

あれからもう20年以上経ちますが、今だコンクパールの母貝、ピンクガイを食す機会はおろかアメリカに行く機会にすら恵まれません、トホホホホ。

という事で今回はこちらのコンクパールのネックレスのご紹介。

さて、こちらの希少価値は先ほどご紹介の通りでございますが、その宝石としての魅力をお伝えしなければ片手落ち。

コンクパールの魅力はこの陶器のような滑らかなツヤと、一青窈が歌ったハナミズキの色をそのまま映したかのような、この何とも言えない薄紅色の可愛らしい風情。さらにはその薄紅色の上に火炎模様と呼ばれる「鬼滅の刃」の煉獄さんのマントのような模様がうっすら浮かぶ風情がまた何とも言えない風合いをこの宝石に与えております。

カリブの海が生んだ奇跡の真珠、是非この希少なお宝をあなた様のコレクションの一つにお加えくださいまし。

掲載ページはこちら → https://item.rakuten.co.jp/douxperenoel/01002142/