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2021年12月

爆裂ウルトラリング

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皆様はミドリのおじさんをご存知だろうか?

ミドリのおばさんなら、学童の交通事故を防ぐため、小学校の登校・下校時に通学路でで小旗を持って学童の交通整理をする女性交通指導員の通称。学童擁護員。昭和三四年(1959)に始まる。緑色の制服を着ているところからそのように呼ばれる。とインターネット辞書のweblioに出てますが、それの男性版かと言うとさに非ず。またクルマの駐禁を取り締まるおじさんたちの事でもありません。

わたくしが宝石店に就職して間もない時期と申しますから、1980年から1990年頃にかけての事でございましょうか、大阪の繁華街にあるショッピングモールや百貨店などを股にかけてけっこうな広範囲にわたって出没した男性の事を、誰呼ぶともなくこのように呼んでいたのでございます。なぜなれば、その人物は全身、頭の先からつま先までをグリーン一色で統一した風体をしていたからなのです。

グリーンの帽子にグリーンのスーツ、グリーンのシャツ、ネクタイ、靴は何とエナメルのグリーン。もちろん靴下もグリーンでひょっとすると下着も?うる憶えですが多分眼鏡もグリーンのサングラスをかけてたのじゃなかったでしょうか。もうホント全身がグリーン、まるで青虫。

この人物の視覚的インパクトたるや、そりゃもう半端ない。わたくしが最初に目撃いたしましたのは多分ホワイティ―梅田と呼ばれる、大阪はキタの地下ショッピングアーケードにありました支店に勤務していた時。その日もいつものように宝石陳列用ケースの後ろに控え、客待ち態勢で通路を眺めるともなしに眺めておりますと、遥か彼方より何やら異形のモノがこちらに向かって近づいて来るではないですか。最初はたぶん機械設備の作業員か、地下街の何かのイベントに動員された着ぐるみのエキストラだろうと、さして気にも留めてなかったのですが、近づくほどにその全容が明らかとなり、その時初めて「なんじゃ、こりゃー!?」とかなりの衝撃を受けたのでございます。

ジム・キャリー主演で「マスク」というコメディ映画が以前にございました。その主人公はグリーンのマスクを着けると超人的な力を発揮するという設定だったのですが、まさにそのグリーンのマスクを着けた主人公そのままのインパクト。ただし映画の方は顔だけがグリーンなのに対し、こちらは顔以外が全部グリーン。面積が広い分その迫力も倍増!

そのわたくしが勤務する店がありました立地は、ちょうど近くに梅田花月という吉本興業の劇場がございまた関係上、時々吉本の芸人さんなんかも見かけたりしましたので、最初はそのあまりの奇態なサマに、きっと吉本の芸人さんだろう思ったのです。しかしよくよく観察してもまったく見たことも無ければ、芸人らしい愛想の欠片も見せず、中空一点を睨んでぐんぐんと歩を進めている様は、なにやらただならぬ異様な気配。

ふと気が付くと、向かいの洋装店のお姉さんも呆然とその人が通り過ぎるのを眺めております。傍らに目をやると先輩女子社員が意味深にニヤニヤ笑っているではないですか。

「あれ何ですの?」思わず尋ねますと、先輩面白そうに

「見たん初めてか?」

「ええ、あんなけったいな人見たのはじめてですわ」

「あれはな、ミドリのおじさんや」

「ミドリのおじさん?見たまんまですやん。何者なんですか?何してる人ですの?なんで全身ミドリなんですか?」

矢継ぎ早に質問を浴びせかけるも

「知らん。何にもわかれへん。ただ時々あの格好で現れるねん」

「時々あの格好って、毎回同じ格好してますの?」

「そーや、寸分たがわず同じ格好。そやからここらじゃちょっとした有名人やで。覚えときや」

「はー、で名前は?」

「そやから、ミドリのおじさんや、そない言うたら皆知ってるわ」

実際、後で判ったのですが、このミドリのおじさんは他所の支店でも有名で、その後わたくしが異動で別の店に移った際も、その場所で再度ミドリのおじさんに遭遇したのでございます。

さて、結局このおじさんの正体は判らずじまいだったのですが、昔はこのおじさんのように個性的な風体をしている方がけっこう多かったように思います。例えば当時タレントとしテレビにも多く出演されていた大屋政子さんというご婦人がおられましたが、この方実はなんとあの大企業、帝人の社長夫人にして大阪を代表する資産家。しかるにそのいでたちたるや、結構なご高齢にもかかわらず、黒髪をオールバックに固めて刈り上げといったオッチャン風のヘアスタイルながらも、その服装はピンクを基調とした花柄ムームー風の超ミニスカートと実に突飛。もしファッションスタイルにもそういうジャンルがあるとするなら、シュールの一言が最適かというくらいの佇まい。

なにかと人の一挙手一投足に細かく批判が集まる昨今のネット社会。その弊害の一つにこういった個性豊、自分勝手な装いが出来にくくなっているという事が挙げられるのではないでしょうか。ついつい人の目が気になる。炎上が怖い。ネット上で晒されるのではないかしらん。そういう不安が手枷足枷となり、本来あるべきあなたの自由気ままな装いを束縛するのです。

もちろんファッションスタイルは昔に比べ随分多様化してはいるものの、それはそれぞれの理想形がゴールとして用意されており、それに沿うようトータルの装いをコーディネートしていくといったお仕着せの多様性であります。

しかし本来お洒落というものは、一つの自己表現の手段。人に褒めてもらおう、あるいはモテたい、異性の気を引きたいなんて言った下卑た心根で行うものではございません。

かの偉大な芸術家、岡本太郎画伯もおっしゃっています。「人におもねるような、人に気に入ってもらおうなんて心根はダメだ。人に挑み圧倒するような、気圧するような、なんだこれはと人をして驚愕せしめ、嫌悪の情さえ惹起せしめ、反発されるようなものを表現しない事にはそれは芸術とは呼べない。芸術は爆発だーっ!!」

さて、あなた様も今一度自らを振り返り、その人目を意識した、世間体を慮った、あるいは異性に媚びへつらうような、お仕着せのトレンドを追い求めるお洒落は打ち捨てて、真の自分と言う者の個性を世に問うような装いの爆発を表現されてみてはいかがでございましょう。その第一歩を踏み出すのにうってつけなのが、これからご紹介いたしますこちら指輪でございます。

さてこちら、指輪とご紹介せぬ限りは誰もその正体を見破る者とて無いような外観。

かつて、日本の特撮技術の雄、円谷プロダクションがその特撮技術の粋を結集して製作にあたった人気テレビドラマ、ウルトラQに始まりウルトラマン、ウルトラセブンへとつながるウルトラシリーズという人気の連続テレビ番組がございました。こちらの指輪ときたら、まるでそのウルトラシリーズに登場する怪獣、珍獣を連想するような、はたまた南米あたりのジャングルにでも生息するような禍々しく極彩色に彩られたな食虫植物かと見紛うような様子。

上下に四枚の花びらのペア、左右に三枚の花びらがこれも対となって配置され。それぞれ全ての花びらがオレンジとイエローのサファイアによって、泥絵の具で描かれた見世物小屋の看板の如くに毒々しく色づいております。さらにそれぞれの花びらの淵部分にはブラックダイアのメレがこれを隈取するが如くセットされて、さらにそのアクの強さクセの強さを一層誇張しております。しかも驚くべきことにこの花びらは一枚一枚が独立して形成されており、それぞれの付け根部分は全てがある程度可動するように取り付けられている為、着けている人の動きに合わせて全体がワサワサと揺れ動くのでございます。まさに円谷プロダクションの特殊細工に迫る創意工夫ではございませんか。

さてこの指輪、重量がなんと36グラムもあるという超弩級の超大作。この重量を支えるためにそのリングのウデも半端ない太さ。

ご存命なれば、岡本画伯も絶賛するであろうこと間違いない、並みいる凡庸なジュエリーを蹴散らし圧倒するこの超弩級のド迫力。

このモンスター的指輪を威風堂々と着けこなせる第二の大屋政子女史たるべき女傑よ、いざ出でよ!

掲載ページはこちら → https://item.rakuten.co.jp/douxperenoel/11004360/

 

 

ブルーノートに乗じ美女口説く飛道具

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昔、大阪のミナミにバンビという小粋なジャズ喫茶がございました。ジャズなんて皆目わからぬ学生時分から、そのお店の雰囲気が好きでよく訪れたものでございます。

宝石屋に就職してからも、ちょうどミナミにあった虹の街、今はなんばウォークと名前も改まっていますが、地下鉄の湊町から日本橋の駅に続くショッピングモールにあった支店に配属された時なども、よく休憩時間や、待ち合わせの場所として訪れたものでございます。

ちょうど近所には、知る人ぞ知る大阪名物インディアンカレーの法善寺横丁のお店があり、ここであの、甘くて辛くて美味しいカレーを食べて後、こちらの香り高く苦いコーヒーを頂くのが当時の何よりのささやかな愉しみでございました。

そのジャズ喫茶バンビのウリは、何と言ってもJBLのパラゴンという日本には数えるほどしかないという、とんでもないスピーカー。普通の縦型長方形、箱型のスピーカーとは似ても似つかぬ、横に長い、全長で言えば2メートルくらいはあったのでしょうか、それ自体が何やら芸術的オブジェのような、高級家具の様な見るからに荘厳な佇まい。そこから流れる出る曲はもちろんクールなモダンジャズ。当然音源は昔の黒いビニール製のレコード盤にレコード針を落として聞くアナログ方式。まあその音の良い事と言ったら、と言えたらかっこいいのですが、生憎オーディオなんぞにまったく疎い鼻たれ小僧が判ったような顔をして、聴き惚れているふりをしていただけなのでございます。

店のウリは何も音楽やオーディオだけにはとどまりません。先程も申しましたように、ここのコーヒーがまたよろしい。今のコーヒーと違ってやたら濃くて苦い。18世紀のフランスの政治家、タレーランが語ったコーヒーの味の定義、「よいコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」。まさにこの定義にぴったりの風味とアロマであるよなー、と一口すすっては妙に納得してた鼻たれ小僧の僕。

またそのコーヒーは見るからに高そうなコーヒーカップとソーサーによって供され、そのソーサーの上には小さい金属製の銀色のピッチャーに入ったクリームと、スプーンに乗せられた角砂糖が二つ行儀よく乗っている。どうですイキでござんしょ?

さらに店の床は本物の木材を使ったの寄木張り。油を欠かさず塗っているせいかその香りが店内に仄かに漂い、壁や棚には絵画や陶器などが嫌味なく飾られ、店奥の壁には店名バンビの語源なのか、角の立派な牡鹿の頭部のはく製がうやうやしく掲げられ、店内を睨んでおりました。

このお店を一口で申しますと、洗練された大人のお洒落な雰囲気とでも言いましょうか、ハイカラでモダーンなお店とでも言いましょうか。しかし残念ながら時代の趨勢に押されて、もう20年以上前に廃業なさったのが本当に悔やまれます。

さて、ジャズという音楽にまつわるものは、このお店に象徴されるように実に洗練されたお洒落、粋な物事が多ございます。これはその演奏するミュージシャンにも当てはまるようで、フォークミュージックやロックを演る野郎どもが破れたジーンズやちびた下駄、工事現場の安全靴なんぞを履き、むさくるしい長髪をラーメンの汁とともに啜っているありさまとは裏腹に、ハリスツイードのジャケットにフランネルなんぞのパンツを小粋に合わせ、アスコットタイなんぞで優雅にキメてまことにダンディ。50年代から60年代の海外のジャズミュージシャン、例えばマイルス・デイヴィスに代表されるクールでイカシタなジャズミュージシャンは言うに及ばず、日本のオールドジャズプレイヤーもカッコイイおじさん揃い。わたくしの若い頃にもピアニストの世良譲さん、クラリネットの北村英治さん、サックスの松本英彦さん、同じくサックスのナベサダこと渡辺貞夫さん、ドラムスのジョージ川口さんなど、みんなもうダンディとはこういうものかと感心する、男性のお洒落のお手本のような方たちばかりでした。

さて、喫茶バンビの顧客層にもやはりそういったシャレオツおやじに感化されたような、うーん渋い!と唸るような、大阪ミナミでは滅多お目にかかれないような素敵なおじさま方が数多く見受けられました。

さてそういったジャズ界のプレーヤー、オーディエンスひっくるめてのお洒落の達人のおじさん達に共通するお洒落の必殺技、マストアイテムと言って良いのが、私の睨んだところ指輪なのでないかと思うのでございます。この小道具を上手く着こなすことができたなら、もうあなたはお洒落の達人。ダンディ坂野。女性にモテる事必定。

正面の壁面いっぱいにありとあらゆる洋酒のボトルが並び、ジャズが静かに流れるバーカウンターで美女と隣り合わせ。その流れる曲の蘊蓄をさりげなく語る。「この曲は多分ニューヨークのヴィレッジヴァンガードのライブでバックにチャーリーミンガスがサポートで入っているはずなんだよ」などと口から出まかせ。オリーブ漂うドライマティーニのカクテルグラス掲げるその手にさりげなく蠱惑的な宝石輝かせれば、たちまち美女はあなたの虜、知らんけど。

まあ、実際当時のミナミの盛り場などでは数多く、大仏の如きパンチパーマのヘアスタイルに極太キヘイネックレスを首からぶら下げ、クロコダイル革の靴を履いたいで立ちのオジサンもよく指輪をひけらかしながら歩いていたものですが、そういった流派とはまた別の流れ。あちらの流派の指輪は喧嘩の際の武器、凶器兼用の用途でございますが、私がここで声を大にして主張致したいのは、あくまでこちらはナンパ用、対美女の武器としてでございますれば、くれぐれも誤解無き様お願いいたしたい。

さて、ご覧いただいておりますこちらのメンズリング。是非ともそういった軟派流抜刀術師範クラスの使い手にご愛用頂きたい最高のサファイアメンズリングでございます。

こちらリングの内側の刻印を見ますとブランドかメーカーのホールマークらしき印と18金の金性を示す750の数字が打刻されております。ただしサファイアと脇石のダイアモンドの石目を表すキャラットの刻印がございません。これは750の刻印からも推測される海外製品の特長。したがいましてはっきりした石の重さは申し上げられませんが、中石は大きさから推測するに2キャラット前後はあろうかと言う立派なもの。内包物もサファイアにしてはかなり少なく、綺麗に澄んだ、ムラの無いサファイア独特の群青色を呈しております。そしてこの中石を取り囲みますメレダイアモンドも直径が約2.1ミリが17個、およそトータルで0.5キャラットぐらいの石目はあるかなというところ。このメレダイアもかなりの高品質。海外一流ジュエリーブランドが使用する品質のものに全くひけをとりません。このメレダイアの品質一つ取って見ても、この品物の素性の確かさの裏付けとなるのでございます。

パンチパーマ系顧客層に向けて作られる事の多かった国産メンズリングは、いかんせんイカツイ、はったりの利く見た目重視ながら、品質がイマイチというものが中古品として流通するものの中でもかなりの割合を占めるはず。また、そのオーナーの荒んだ暮らしぶりを反映してか、傷みの多いものがほとんど。しかるにこちらは海外製造の高品質素材。しかもメンズリングに多い痛みがほとんど見受けられません。

そういった意味でも、まさにメンズリングの掘り出し品。こんなのは滅多出るもんじゃあない!日本で一番指輪が似合う男、伝説のファッションデザイナー、菊池武夫先生にも堂々とお勧めできる当店自慢の紳士用指輪でございます。

タケ先生買ってちょんまげ!

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イルミネーション

お久しぶりです!!

ブタゴリラです!!

先日、ちょっくら夜の天王寺を徘徊。

ハルカスがすごい存在感。

下を見るとOSAKAの文字が。

背景全てがイルミネーション。

パシャリ。

最高の場所ですやん。

 

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ありのままの魅力 変色非加熱サファイア

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「好きな言葉はLet it beでしょうか」と語ったのは今をときめく、かの時の人ですが、これは元々ビートルズのポール・マッカートニーが作った名曲のタイトル。日本語にすれば、ありのままに、あるいは、なすがままという事らしいのです。よく似た歌のタイトルにディズニーの大ヒットアニメの主題歌「Let it go」というのもありましたけど、こちらの日本語の歌詞も「ありのままに」と歌われております。

さて、このLet it be あるいは Let it go という言葉、実は東洋のスピリチュアルな教えに深く根差した、有難い教えの言葉なのでございます。

実際、ポールマッカートニーはビートルズのメンバーの一人で印度オタクとしても有名なジョージ・ハリソンの影響によってインドの聖者、マハリシ・ヨーギーという人の下で瞑想とともに、ヒンドゥー教に根差した彼の教えも授かったという事。きっとこの let it be という言葉や歌詞の意味もそういった教えの影響があるのかも分かりません。

さて、仏教においても様々な偉いお坊さんが、このあるがままという事の大切さを説いておられます。

タイの伝説の高僧アチャン・チャーという人はその多くの著書の中で、「手放して生きる」という事を力説されておられますが、この仏教でいうところの手放し、いわゆる放下という教え、つまるところLet it be 、ありのままにという事につながるのでございます。

 

その歌声がなんとも魅力的だったカレン・カーペンターが亡くなってもう結構な年月がたちますが、今でも根強いファンにその人気が支えられているアメリカの兄妹ヴォーカルグループ、カーペンターズ。そのヒット曲の一つに「雨の日と月曜日は」という名曲がございます。その歌詞の節々に「雨の日と月曜日はいつも気が滅入ってしまう」というフレーズが出てまいります。

さて、では何故雨の日と月曜は気が滅入るのでしょうか?以下にその理由を述べよ、という設問が出たと致しましょう。

<濡れると鬱陶しいから><洗濯物が乾かないから><働きたくないから><職場にウザイ奴がいるから>。そのほか沢山の理由が挙げられることでしょう。この沢山な理由は「雨の日と月曜日」にオマケの様に付随して、どなた様のもとにも、もれなく一緒に訪れるのかというと、そうではありませんね。「雨の日と月曜日」という言葉から思い浮かぶあなたの思考ですね。雨の日も月曜日もただそれが事象として現れ、それをあなたの様々なバイアスよってゆがめられた思考によって、いろんなネガティブな理由を創造し、憂鬱な事だなーと結論付けているわけであります。これが世間でよく言われるところのマイナス思考のパターンです。

ならばこれを逆手にとって、プラス思考で前向きな楽しい人生を送りましょうという事を人生の指南書、自己啓発書みたいな本にはよく書かれてあります。例えば恵みの雨が大地を潤し、命を育んでくれてるのだわ、ありがとうの感謝の気持ちがあなたの憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれます。とか、こうして五体満足健康で働ける喜びをかみしめ、神仏に感謝の祈りを捧げつつ、今日一日を実りある日とするんだ、など。

しかし、思考というものはそんなに単純なものではございません。いくらプラス方向に思考を向けようとしても、思考というものはそう簡単に主の言う事は聞いてはくれません。聞いてくれないどころか、ほとんどの人間は自分の思考のシモベとなり、日々徒に喜怒哀楽の感情のいちいちに動転し、右往左往して生きている有様なのでございます。

それだけではございません、なにかの拍子で思考が肥大化し、暴走するととんでもない事件を巻き起こしたりもいたします。

例えば最近ですと、映画「ジョーカー」を観て主役の悪のヒーロー、ジョーカーに憧れ、電車内で人を殺そうとした人間がおりました。これなぞまさに思考の暴走、制御不能の狂気の仕業ではございませんか?

イギリスが生んだ天才劇作家ウィリアム・シェークスピアはこの様な言葉を残しております。「物事に良いも悪いもない。思考がそれを決める」

また、現代の最高のスピリチュアルティーチャーと呼ばれるエックハルト・トール氏はこの様に言っています。「思考を本物の自分であると思ってはならない」

さて、手放す生き方とはこの、マイナスであろうとプラスであろうと、思考そのものを手放す、ありのままの事象をありのままに受け止め、それに自分勝手な解釈やストーリー、その多くはネガティブなものですが、を付け加えない。つまり、これこそが Let it beの意味するところなのでございます。

実際この境地に至れば、人は真の平安、自由が得られるとされ、この境地こそが即ちエンライトメント、覚醒、悟りの境地。ブッダが説いた空なる場所なのでございます。

身の回りにいかなることが起きようとも、また自らの死が目前に迫ろうとも心が文字通り動じないようになる訳でございます。この境地を目指し、多くの修行僧や、様々な宗教の弟子たちは座禅や瞑想に励み、心の制御を手に入れようとしているわけなのでございますが、この道を極める事は決して安易な道ではございません。一生を空しく修行に費やし、老いさらばえ悲嘆に暮れて死にゆく者がほとんど。

ただ驚くべきは、この「好きな言葉はLet it be でしょうか」とのたまわった青年。彼はまだ三十才の若さにして、この好きな言葉の指し示す境地に既に達しているのではないかと思わざるを得ないのです。なにせあれだけマスコミやらSNS上での激しいバッシングを受け、もはや日本国中を敵に回したような状況。常人ならば精神を病むか、下手すりゃ、いっそ姫と二人で命を断って、あの世で見事添い遂げましょうぞ、とでもなるところ。それが彼はまるで馬耳東風、蛙の面に小便。一切ひるむ事も、キレル事も、落ち込む事も無く淡々として、しかも易々とその目的を達してしまったではございませんか!とても常人の成せる業ではございません。いや素晴らしい!きっと悟りに至った聖者、覚者にちがいありますまい。

浮世の垢にまみれる弁護士になるなんて止めて、いっそグルか教祖にでもなられたらいかがでしょうか?弁護士よりも多くの悩める人々を救えることができるはずですぞ、きっと!

という事で本日は、ありのままのサファイアのご紹介!

さてご覧いただいでおります、このすみれ色鮮やかなる宝石は、なんとサファイアなのでございます。それもなんと、カラーチェンジ、ノンヒート即ち、変色性のある非加熱サファイアなのでございます。

カラーチェンジと言いますと真っ先に思い浮かぶのはアレキサンドライト。しかしサファイアの中にも負けちゃいられないてんで、光源の色の変化で変色するものがございます。こちらのサファイア、太陽光の下でご覧いただきますと青みがかった紫、すなわちヴァイオレット、ご覧いただいているような綺麗な菫色を呈し、白熱光の下でご覧いただきますとなんと赤身のかかった紫、すなわちパープルに変化するのでございます。紫色の範囲のなかでの両極への色変わり。何ともノーブルな感じで、粋じゃございませんか。しかも内包物もサファイアにしては珍しいほどに少なく、その石の内部の様子は、昼間の雲一つない素晴らしい快晴を予感させるような、明方の菫色の空のように澄み渡っております。しかもカットも色石にありがちなアシンメトリーのアンバランスな粗い仕事ではなく、きちんと上下左右の対称性を保った綺麗な拵え。そして何と言っても、この綺麗な発色が、人の力を借りた加熱処理によってもたらされたものでないという点に値打ちがあるのでございます。

サファイアやルビーといったコランダム系の宝石は、一般に加熱処理され色の発色を促したり、改善するのが一般的で、今では宝石業界の常識として知らぬ人は居ないくらい。ただし、たまにはもちろん採掘されたままの状態、ありのままで美しいものがございます。それがこちらの石、非加熱サファイアなのでございます。

たまに、まったく宝石として魅力の無い石を非加熱と言うだけで法外な値段で売っているのを見かけたりしますが、それはインチキ。あくまで人と一緒で整形されていない生まれたままの美女と言うのがお値打ちなのでございます。こんなのは今の芸能界でも滅多にお目にかかれません、知らんけど。

さあ、そんな何の手も加えられてない、ありのままの美女が、生野の名工の手によって手造りされた豪華ラージメレダイア取り巻きのリング枠に収まって、燦然と神々しく輝くこの指輪。さて、この無添加無着色、菫色の絶世の美女を射止める果報者はどなたかな?

 

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ビックリ!

ビックリ!

こんにちわ~ガンです。

先日よく行く公園とは違う公園に行ってみました。
そこには池も近くにあり、魚がいるか見に行ってみました。するとお魚釣りをしている人達の横に・・・・・けっこう大きい鳥(*゜Q゜*)

しかもまぁまぁ近づいても飛んでいかない(@ ̄□ ̄@;)!!

どうやら、釣りをしている人からお魚をもらえるのを待っているみたいです。

それにしてもこんな大きい鳥!ビックリしました~

椿三十郎見参!

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黒澤明と言えば日本が世界に誇る映画監督。

映画「羅生門」で1951年のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞し、続けてさらに第24回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞したのをきっかけに、彼が紡ぎ出す名画、名作はその後も海外の名だたる映画賞を次々と受賞。晩年にはアメリカの映画芸術科学アカデミーからその長年の映画界に対する功績を称えられてアカデミー名誉賞が、そして没後は日本国政府から国民栄誉賞まで送られているのでございます。

ハリウッドの名監督スティーブン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、フランシス・フォード・コッポラ、マーティン・スコセッシ、スタンリー・キューブリックなどなど数々の巨匠から映画の師として尊敬されており、世界の映画界に与えた影響は計り知れません。

さて、この世界の黒沢監督作品でわたくしの一番好きな作品が「用心棒」と「椿三十郎」。これは続編二部作で、主人公の三船敏郎演じるやたら腕の立つ素浪人が、悪い奴をバッタバッタと切り捨てる痛快娯楽時代劇。

ドストエフスキーや芥川龍之介などの文学作品を原作にすることの多い、少しめんどくさい傾向の黒沢作品にあって、この二部作は例外的に娯楽に徹した映画と言ってもよいかと思います。

また、この映画の主人公もそれぞれの作品で、その名乗る姓こそ違いますが三十郎という名の浪人を演じた三船敏郎のカッコよさといったら、もう典型的な映画のヒーローそのもの。実際この後の時代劇に登場する腕の立つ浪人の原型がこの三船演じる三十郎であり、なおかつそのかっこよさを超えるキャラクターは皆無。このスーパー浪人侍の原型は映画、テレビの時代劇の枠を超え、後の劇画の世界にも影響を与えたのでございます。

テレビや映画にもなった伝説の劇画「子連れ狼」などでお馴染みの小島剛夕先生は、その「子連れ狼」の主人公、拝一刀の作画のイメージを三船敏郎の浪人姿をモデルにしたというほど。また、この小島先生の師匠である白土三平先生もその作画の上で、刀によって人間が惨殺されるシーンで、血しぶきの飛び散る描写など、まさにこの両シリーズ、特に「椿三十郎」のラストシーンに大きく影響を受けていると見られます、

さて、この二つの剣豪浪人モノのなかの一つ「椿三十郎」。そのなかで印象深いのが、この浪人の名前にもなっている椿の花。

物語の舞台となるのが通称、椿屋敷と呼ばれる椿の花が美しく咲き乱れるお屋敷。この椿の花が後々物語の展開にも重要な役割を担っていく訳でもあります。

わたくし、この映画を思い浮かべる時、まず鮮明な印象として脳裏に浮かぶのが劇中に出てくる真っ赤な椿の花。しかし実はこの映画、初期黒沢作品共通のモノクロ撮影。つまり白黒の映像な訳で、赤い椿の花の印象が残る訳はないのでございます。

実際撮影秘話として、黒沢監督は椿の花のシーンだけパートカラー、つまり部分的にカラー映像にしようかと企んだらしいのですが、技術的に不可能。そこで、撮影スタッフは赤い椿を黒い色に塗り、モノクロで見た場合の深紅のイメージを創作したという事。こういうのをきっと匠の技と言うのでございましょう。黒を赤に見せるなんて。

 

さて、こちらにご覧いただいておりますのも、椿の花のようなイメージのブローチ。大変大判の商品で縦横およそ6センチ四方で目方もずっしりと46グラム。実に立派なサイズのブローチの使われているルビーが20キャラット、葉っぱの部分に使われているグリーンのガーネットですら4キャラットを超えるボリュウムの超大作。ブローチとは云えど下手に薄い生地のブラウスなんかに着けるとブローチの重さで服がずり落ちてしまうからご用心。

さてこちらお品、ご覧いただく画面からもその迫力が伝わってくるかと存じますが、これはなにも、製品の大きさと、豪華に散りばめられた宝石だけのお陰だけではございません。

実は黒澤組撮影スタッフの工夫と同様の細かい工夫がこの製品の細部には施されているのでございます。それは何かと申しますと・・・・

ダイアモンドを除く石留部分の小さな18金ホワイトゴールドの爪部分は全てブラックメッキが施されております。この石留の爪全体を黒くすることによりまして、この花の赤と葉の緑がよりはっきり鮮やか、いきいきして見えるようになっているのでございます。ただ驚くべき事に、このブラックメッキは、石留の後のサシメッキという手法で施されている点なのでございます。つまり、先ずブローチの土台となる地金部分全体に一括でロジュームでホワイトゴールドメッキを施した後、この細かいルビーとグリーンガーネットを一個ずつブローチ枠に石留していきます。そして全ての石留が終了した後、このそれぞれの石を留めている爪一本づつに黒の部分メッキをメッキペンという道具でもって施していくのでございます。この細かいルビーとガーネットの総数がおよそ500個前後はございますので、爪の数はそれを遥かに上回る数。想像するだけで気の遠くなる、細かく根気のいる作業。したがいまして、この石留とサシメッキの工賃だけでも相当な金額が想像できるというもの。

こちら、一見アクセサリーかとも見紛う大判のブローチ、実はスゴ技撮影技師の職人技が凝縮された黒澤映画作品のように、目の肥えた人にはおのずとわかるジュエリーの逸品なのでございます。

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見くびってはいけない一流ブランドの底力

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わたくしが以前ご厄介になっておりました宝石屋は宝飾品だけではなく、日銭稼ぎの為にハンドバッグや財布といった皮革製品も取扱っておりまして、営業の新入社員は大抵ハンドバッグ部門からスタートするといった慣わしでございました。これはひょっとすると手癖の悪い奴をふるいにかける為の方便だったのか、あるいは売り子の向き不向きを見定めるための方策だったのか、今となってははっきりわかりませんが、私は売り子向きではないという烙印が押されたのか結構バッグ部門にも長く滞在いたしておりました。

今ではブランドのバッグというものは、そのブランドの直営店で買うという事が当たり前のようになっておりますが、わたくしがまだフレッシュピチピチ純情可憐な新入社員だった40年も前の昔は、ブランドといっても、代理店が入って間接的に販売するか、あるいはライセンス契約といって、日本の鞄メーカーがそのブランドとのライセンス契約を締結し、その条件の下で製造販売するという事が一般的でございました。

わたくしの勤務してましたお店もサンローランとかバーバリーなどといったブランドバッグを扱っておりましたが、これらは全て国内製造のライセンス商品。たまにバリーとかボッテガヴェネタなどの海外で生産されたバッグが入荷したりしてましたが、これらは三崎商事などの輸入商社が間に入って仕入れたもの。そういやその頃その三崎商事から仕入れていたゲラルディーニのパラシュート素材のバッグが飛ぶように売れましたねー。今でも有るんでしょうかねこのブランド?

さて、宝石のメーカー、問屋が多く集まるのは、ご存知東京は御徒町。全国の小売店や問屋さんはみんなこぞってこちらに仕入れに訪れるわけですが、バッグの場合は同じ東京でも浅草橋や蔵前と相場は決まっている。

同じメーカー、問屋でも宝石とハンドバッグですと会社の雰囲気もガラっと違ってまして、宝石なんてものはやはりその商品の性格上、そういった会社の社員もツンとオツのすまして、みんなジュエラーでございてな顔してる。そこいくとバッグの方はなんつったって、下町は台東区浅草てことで、江戸の下町情緒が色濃く漂っております。歳のいった創業者の社長さんなんかはホント寅さんの映画か、落語の中に出てくるようなオイチャン。

「みなさん昼はもうお済みで、えっ、まだ?そりゃいけねー。ちゃんと食べねーと身体に毒だ。おーい誰か、こちらさんちょいと寿司ぃでもご案内して」なんて感じで、実にまあなんというか江戸情緒ってものをしみじみ感じさせていただいたものでございます。

さて、そういった浅草橋の爬虫類専門のハンドバッグメーカさんで仕入れた、オーストリッチの話。

オーストリッチといっても一般の、特に男の方はピンとこないかも分かりませんが、これはダチョウのこと。あの動物園にいる飛べないけど、図体ばかりやたら大きな鳥ね。

この鳥の皮革、即ち皮を鞣して革にした、ハンドバッグなんかに使われる高級素材なのでございます。一応鳥の皮ですが、バッグ業界ではこれは爬虫類の分類に入ってて、ワニやトカゲなんかの皮革を扱うメーカーが一緒に扱っているのです。デカい図体だから取れる皮も多いだろうに、なんで高級素材かというと、その皮の値打ちがあると言われている、斑(フ)のある場所が大きな身体の中でもほんの僅かな部分に限られているから。この斑と言うのはオーストリッチの実物の製品をお持ちの方ならすぐご理解いただけるのですが、皮革表面に均一に分布するブツブツの突起の事。これは形状からしても明らかに毛穴。つまり鳥の羽毛の生えていた跡なのでございます。つまりオーストリッチという鳥は写真で見ると羽毛がふさふさ生えているかに一見観えますが、実は首から上と足の部分はハゲちょろけで、この様子から見て、胴体の部分も一九分けのオッチャンの頭部よろしく、きっと範囲の広い地肌部分の露出を、他の部分の長い羽毛がカバーしているのでございましょう。

この大判の鳥肌、ブツブツがキモいと言えなくもないオーストリッチの皮革の魅力は、なんといってもその非常に強靭な丈夫さにあります。一般的によく皮革製品に用いられる牛革などですと、ひっかき傷に対しての耐久性がそれ程高くございません。特に高級素材カーフスキンなどと呼ばれます子牛の革などになりますと、人の爪がこすっただけですぐひっかき傷が生じます。しかし驚くなかれ、このオーストリッチの革はなんと五本の指の爪を立てて大人の男性がしっかりひっかいてもびくともしない。お疑いならお手持ちのオーストリッチのバッグなり財布で実験なさってみてくだい。見事キズが付きましても責任は持ちませんが、キズが付けばそれは他の動物、あるいは人口素材の皮に型押し加工を施したオーストリッチ類似皮革でございましょう。

オーストリッチの魅力は何も丈夫なだけではございません、この皮革を用いた製品を長らくご愛用いただきますと、このブツブツの突起から油分がじわりじわりと沁み出しまして、あたかも磨き込まれた銘木かなんぞの様な、何とも言えない良い艶を帯びてまいります。大概の皮革は使うほどに小傷が堆積し、美観が損なわれていくのに反し、この皮革だけは使えば使い込むほどツヤが出て魅力が増していくといった特徴がございまして、この魅力を一度知ったユーザーは二度とオーストリッチ製品から離れられなくなるのでございます。

 

さてこの高級皮革でありますダチョウの皮ですが、これから申し上げますことはあくまで、わたくしが浅草橋に仕入れ行ってました40年程前に聞いた話である事を念頭に、現状とはいく分かけ離れた話としてお聞きくださいませ。

当時、ダチョウという鳥は、何かと昨今話題にのぼる南アフリカで、一社独占で養殖、即ち人工飼育にて皮革及び食用として生産管理されていたのでございます。

良質のオーストリッチの皮革を手に入れるにはこの養殖のプロセスが欠かせない手段だそうで、何故かというと、この大きな斑、即ち立派な大きくしっかりしたブツブツの鳥肌を作るためには、その生えている羽毛を何度も人の手で毟り、毛穴を大きくさせる必要があるからだそうです。まあ人間でも手足の毛をカミソリで剃ると濃くなるなんて言いますが、きっと同じ原理なのでしょうが、何やらむごい光景ですねぇ。

さてこうしてブツブツの立派な毛穴に育ったダチョウの皮革ですが、なかなかいいモノを仕入れるのが難しいらしいのです。浅草バッグ屋の大将の言うには・・・

「いやね、日本人が行ったって良い皮はそう簡単には売ってくんねーの。まあ、南アフリカだから人種差別かと思ったらそうじゃねーんだよ。良質の原皮はみんなエルメスが金に糸目は付けずに、ごっそりかっさらっていっちまうんだ。そりゃあんだけ高けー値段で売るんだもの、相場無視の王様買いよー!だからここにあるオーストなんてアレだよ、エルメスの食い残し、残飯みたいなもんだよ、べらぼーめ!」

流石天下のエルメス、最高の原材料を仕入れるには金に糸目を付けぬ大人買い。

ただし、こういった大人買いは何もエルメス一社の専売特許ではございません。

あれから40年の時を経た今日でも、多くの有名ブランドがそのブランドイメージ維持のため、その製品の元となる原材料の調達には最大の努力と最高の予算を注いでいる事に変わりはございますまい。

という訳で今回もまた、弊社一押しのバイザヤードペンダントの賛美となる訳でございます。

さあ、回りくどくダチョウの皮の話からここにたどり着いたからには、察しの良い皆様ならもうお分かりでしょう。このペンダントに留まって燦然と輝くダイアモンド。これだってエルメスのオーストリッチと一緒。ティファニー社のダイアモンド仕入れにおける大量大人買いの賜物!

まあこの辺の最高クラスのダイアモンドとなりますと、いくらメレサイズとは言え、というか逆にメレダイアモンドはアクセサリーの様な小品からハイジュエリーの脇石にまで幅広い用途がございますので、有名ブランド間でもこの辺の良質の小粒のダイアモンドはもう一番争奪戦の激しいところ。もう大手ブランド入り乱れての大乱闘の有様。まあそれぞれ各社、独自の確実なルートをちゃんと開拓されてるのでしょうが、そういったルートの開拓にも定期的な量と金額の仕入れ約束をしない事にはおいそれとは確立できない。全世界に販売ルートをもつ人気ブランドジュエリーならではのその販売力、その実力に裏打された剛腕力業の商品調達力がこの一粒のまばゆい輝きに集約されているのでございます。しかもまともに買うとその力業の反動としての、あたしたち庶民にとっちゃ厳しい一流ブランド価格のお支払いを余儀なくされるところ、中古なればほれご覧の通り、お財布に優しい一般ジュエリー価格で買えるといった寸法。これを見逃す手は無いと思うよ、オイチャンはさぁ—。

 

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バイザヤード の卓越したデザイン

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の!俺の!俺の話を聞け―、とばかり横山剣バンドのヒット曲の如く声高に、毎回軽佻浮薄なブログを皆様方に嫌がおうにも押し付けているわけでございますが、この様にコンスタントに、たとえ内容の無いようなお話でも、発表し続けるというのはプロの物書きでないわたくしにとりましてはかなりの難行苦行。

まあ適当な世間話、無駄話、特に下ネタなら得意なのですが、とりあえず宝石ブログとうたっているからには、なんとか宝石でオチを付けなければならない。落語の大喜利なんぞでよく見かける、何々とかけて何と説く、その心は何とやら、という「謎かけ」。この最後のその心はという所を全部宝石で締めくくらなきゃいけない。しかもその宝石は当社の在庫品でこれを賛美し、皆様の興味を掻き立て、購入意欲の増進に繋げなくてはいけない。こりゃなかなか普通の馬鹿には出来ない芸当、アホにしかでけん。

そこで、まあこちとら素人なんだから、やはりプロの先生の雑文をば参考にさせて頂かねばという事で、古い本を引っ張り出しては日々研鑽に余念がございません。ウソやけど。

こういった雑文というかエッセーというかコラムというのか何と言うのんか知らんねけど、わたくしの好きな作家先生が三人ほどいらっしゃいます。

先ず、そのうちのおひとりが、以前にも書いたと思いますが、尼崎が生んだ天才、ダウンタウン松本か中島らもかというくらいの、中島らも先生。先生のご存命中は正直あんまり関心がなかったのですが、亡くなったあと何かのきっかけで読んだ雑文がやたら面白く、以来すっかり虜になってしまったわけなのであります。

中島先生はかつて雑誌「宝島」に連載されていた「啓蒙かまぼこ新聞」に代表されるような、いわゆるサブカルチャー系のご出身。ご自身も幾度か薬物所持で警察のご厄介になるなどの経歴の持ち主。それゆえ我々凡人と違った視点で物事を観察し、またさらにそれに独特の、思わず微苦笑がこぼれるような解釈を加えるといった非凡な才を発揮され、いまだ多くのファンを抱えている人気作家。自らの薬物所持による逮捕をネタにした「牢屋でやせるダイエット」などといった作品など、そのタイトルだけで氏の真骨頂が伺えますね。

さて二人目は東海林さだお先生。この方、作家というよりも本業は漫画家さん。しかも劇画なんかのシリアスな漫画ではなく、明治のポンチ絵の伝統を今に引き継ぐユーモア漫画の正統派。ですから文章の方も愉快な漫画のイラストが添えられた、いたってほのぼのとしてたのしい内容。

代表作のコラム集の一つ「満腹シリーズ」なども普通のありきたりな食リポなど違い、食物の擬人化、また逆に人物の食物化と縦横無尽なレトリックを駆使しつつも、実に読みやすい、親しみやすい読み物。しかも連載ものの毎回毎回のクォリティーを高度均一に保ち、長年にわたり書き続けておられる才能は本当に驚異的でございます。

さて三番目の先生は先のお二人とはがらりと違い、大正生まれの偏屈頑固親父、山本夏彦先生。この方の文、正統派中の正統派。冗談やユーモアなどの付け入る隙も無い、簡潔で無駄の無い硬質な筆致で世間に起こるあらゆる事象の本質を暴いていく。なんならタイトルだけで氏の言わんとすることの半分は分かるような気がして、本文を読んでさらに深く納得するという寸法。

例えば、「生きがいと差別」という題の中身に「我が家にピアノがあって、燐家に無くて、はじめて豊かなのである」と記されている。

また、こんなことをしれっと描いていらっしゃる。「人は分かって自分に不都合なことなら、断じて分かろうとしない」。あるいはまた「何用あって月世界へ」などなど、実にみごとな偏屈頑固意地悪爺ぶり。

氏は大正一桁の生まれで、幼少より漢文に親しみ、若くしてフランスで学んだとございますが、大正生まれで外遊経験があれば誰もがこんな文を書けるかと言えばさに非ず。やはり天賦の才のなせる技なのでしょう。

まあ、上に挙げたお三方ともお見事で、とても私如き凡俗が真似しようとて真似できるような文章術ではございませんが、このお三方の中でも最もわたくしが憧れと羨望を禁じ得ないのが、最後に挙げた山本先生の文章。端的にして明瞭。無駄というものが一切なく、しかも物事の本質を的確についておられる。わたくしの冗長で不明瞭、品性、知性のカケラすらうかがえぬ駄文とは月とスッポン。

さて、この切れ味鋭い山本夏彦先生のコラムの味と一脈通じる宝飾品がこちら!よく聞いといて下さいよ、ここからが冒頭に挙げました「なぞかけ」の肝心なところなんすから、ホント。

ティファニーバイザヤードペンダント、デザインド バイ エルサ・ペレッティ とクレジットにございます通り、こちらティファニーバイザヤードシリーズはティファニー専属デザイナー、エルサペレッティの手によるものでございます。

でも、デザインってどこをどうデザインしてるの?キラキラもモフモフもドッカーンも何もあらへんや無いの?

そうです、おっしゃる通り。こちらバイザヤードシリーズは徹底したデザインの排除によるデザインなのです。

かつて、日本人服飾デザイナー川久保玲氏が自身のブランド、コムデギャルソンにおいて黒一色のモノトーンを用い、徹底した色の排除を行い、パリはおろか世界中のファッション業界に衝撃をあたえたように、このバイザヤードシリーズも一種のデザインというものへのアンチテーゼとしての非デザインがそのコンセプトの中核を成しているのではないかと思われるのでございます。

一切のデザインを排除して、そして後に残るものとは、そう、山本夏彦先生が文章から一切の無駄をそぎ落とし、真理を明らかにしていったが如く、ダイアモンドの真理本質、そのまばゆい輝きがより一層明らかにされているのでございます。

掲載ページはこちら → https://item.rakuten.co.jp/douxperenoel/11004419/

 

 

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ハリー中野でした